第17話 黒部の太陽

 激戦が繰り広げられ、三チームがしのぎを削り合った富山県地区予選も、終わりが近い。

 次が最後の戦いとあって、国際会館セレネは観客たちの異様な熱気に包まれていた。

 全国への切符を手にする為、雌雄を決するのは地元への愛に溢れた黒部高校と、俺たちクラスでも冴えない富岡第一高校Aチーム。

 そして、この天王山を登るためには、即興詩で、しかも黒部市長代理が出した『ダム』というお題を駆使し、相手を打ち破らなければならない。


 時間は三分間。三分間の間なら、前半をチーム内で相談する時間にし、残りの時間を詩の発表に充てることも可能だ。


 先攻は黒部高校チーム。会場全体がホームのこの試合、観客は、彼らの黒部への情熱を期待している。

 三人はリングで一言二言言葉を交わし、観客に向き直る。


 レフェリーの合図。――試合開始のゴング。

 黒部の三人の目は、どこか精悍せいかんで、確かなものを見ていた。

 そして会場の期待に応えるように、黒部高校チームは力強く始めた。


「黒部ダムは昭和三十一年着工」


「八年もの歳月と」


「百七十一人の犠牲を乗り越え、黒部ダムは完成した」


 思った通り、彼らは黒部ダムを主軸に話すらしい。まずは黒部ダムの歴史からだ。

 黒部ダムは、世界に名だたる規模のダムではあるが、その雄大さの裏には、男たちの犠牲なしには完成しない壮絶なドラマがある。

 当時は戦後の復興期。日本は今までに失ったものを取り戻そうと、成長期の若者が骨や筋肉をきしませながら大きくなるように、急速な発展を遂げていた。


「勉強するための明かり」


「危険な夜道を照らす明かり」


「戦争からの復興の明かり」


「日本の明日を灯す明かり」


「そんな思いに応えるため」


「男たちはダムを造った」


 そして、経済の急激な成長について行けなかったものがある。電気の供給である。

 関西の方では、電気が足りず、暗い中でも勉強したい日本の未来を背負う若者たちがデモを起こした。

 この頃の生活でも、電気は必需品である。

水力発電は日本の電力の大部分を賄っている。そのため、ダムは水力発電のための重要なインフラだ。原子力の無い当時は今よりも水力に発電を頼っていた。

日本の発展に電気は欠かせない。そうした背景もあって、人々の生活を守るために造られたのが黒部ダムだ。


「男たちは戦った」

 

「日本の未来のため」


「明るい未来のために」


 百七十一人。数字にすると実感が湧かないが、家族を持つ男たちが日本の未来のためにその命を犠牲にしてまで成し遂げた大事業。暗いトンネルの中、明るい未来を夢見て掘り進めたその手。そのありがたみ。俺たち富山県民だけでなく、今日の日本人全体が彼らの尊い犠牲の上に成り立っている。


「僕たちはどうか」


「僕たちは戦えているのか」


「僕たちは明かりがあっても勉強しない」


「そんな僕たちの未来は暗い」


 彼らの言葉が心に刺さる。俺たち高校生の役目は何だ。将来のために勉強することではないのか。だのに、ちゃんと勉強できているか。自問自答。反省。


「それでも僕たちは」


「確かに黒部の雄姿を知っている」


「黒部ダムを造った男たちの魂を受け継いでいる」


 黒部高校の三人は、一歩前に出て、拳を高々と上げる。


「だから黒部の名に恥じないよう」


「精一杯明るい未来に向けて努力していきたい」


 三人は、高々と上げた拳を胸に、これからの決意を誓う。


「これが」


「僕たちの」


「「「誇りだー!!!!」」」


 ――終了のゴング。

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