第18話 言葉の翼

 黒部高校の即興詩が終わり、ついに俺たちの番になった。

 黒部高校の詩はダムを主軸とした黒部愛の最終形態ともいえる詩だった。その詩は即興詩としては並大抵のものではなく、彼らのすさまじい熱意と決意が会場を沸かせた。しかし俺たちは、彼らの愛を越えられると信じていた。

 俺たちがリングに立つと、会場全体がざわめき立つ。次はどんなおかしなことをするのだろう。そんな奇異なものを期待する視線が俺たちを刺した。


 会場の盛り上がりが収まるまで、レフェリーは俺たちに時間の猶予をくれるようだ。たった十秒程度だがありがたい。俺たちは円になり、お互いの顔を見やった。


「次、どうする?」


 最初に口を開いたのはリョウエイだ。リョウエイは静かに、俺の顔を見る。それにつられて、中島も俺の顔を伺う。


 リョウエイの強みは何といってもだ。自由に動いてもらうだけで、強烈な表現になる。


「俺に作戦がある。俺がメインの詩を詠む。リョウエイはそれに合わせて動いてくれ」


「分かった。中島は?」


 中島の強みはだ。頭が回るし、今、この場に何が必要なのかを一番分かっている。中島なら的確にサポートしてくれる。


「中島は合いの手を入れてくれ。後は任せる」


 中島は分かったと確かに頷く。


「だがアキ、最低一人一言は喋らなければならない。リョウエイはどうする?」


 中島が懸念を口にする。


「それもあるし、最後はみんなで揃えたい。最後は――」


 俺は頭をフル回転させる。ダムに関連しているけれど、ダムとは少し遠い言葉――。終着点になる締めの言葉。


。で」


 三人が頷く。俺たちは円を解き、観客に向き直る。


 会場は落ち着きを取り戻したようだ。レフェリーも俺たちの準備が整ったのを見計らい、大きく頷く。


 予想を裏切り気をてらうだけでは場が白けるのは分かり切っている。

 全国で戦うということはおそらく、予想を超えていく力が必要。

 俺は二人の顔を見る。「そうだ、アキ!」中島の目がそう言っている気がする。リョウエイはファイティングポーズをとる。


 レフェリーの合図。――今、試合開始のゴングが鳴った。


「汗や涙はどこから流れてくるんだろう」


 リョウエイが何かを探す。


「源流がどこかにあるはずだ!」


「感情の上流にはなにがあるんだろう」


 リョウエイが観客を指さす。


「何かが隠されている!」


「川下から川上へ、水源を求めて、つらい坂道を登るのが俺たちの人生」


 リョウエイが泳いだり走ったり、汗をぬぐいながら必死でもがく。


「あの山の向こうへ!」


 俺たちが選んだ答えは正当性。黒部チームを真っ正面から打ち破る詩。

 リョウエイの動きと中島の合いの手は入るが、詩の内容は何の捻りもいれていない。

 まさかイロモノだと思っていた俺たちがここまで真っ当な詩を即興でぶち込んでくるとは思わなかったらしい。ダイナミック(主にリョウエイだが)な言葉の迫力に、会場のざわめきが大きくなった。


「大きなダム」


 リョウエイが腕で抱えきれないほど大きなダムを描く。


「幅五十メートル!」


 リョウエイの腕がさらに伸びる。


「それは少し小さすぎるかな」


 俺のツッコミ。


「少し小さかった!」


 中島の素直な訂正。リョウエイがずっこける。

 会場は緊張から一転笑いに包まれる。


「おそらくこの中に、俺の心を満たす水が貯まっているはずだ」


「登ってみよう!」


 リョウエイが会場の天井を指さす。

 リョウエイの目は、ただまっすぐ、全国への道筋を捉えている。


 ――黒部高校の三人よ、お前たちの誇りは、全国という重みを背負ってなお羽ばたいていけるだけの力はあるか。お前たちの誇りは、富山の名峰、立山から離れられない雷鳥だ。お前たちの薄い翼は、あの立山連邦を越えて羽ばたいていくことは出来ない。


「俺たちは登った」


 ――俺たちには覚悟がある。富山を飛び出し全国で戦うという覚悟が。


「若い力でがしがしと」


 登るリョウエイ。


「爪が割れる!」


 指を抑えるリョウエイ。


「険しい壁を、ずり落ちながら登った」


 ずり落ちるリョウエイ。


「服が汚れる!」


 リョウエイ。汚れちゃうわ、キャーッ! ってお前は女子か。


「そしてやっと、頂上にたどりついた」


 汗をぬぐうリョウエイ。


「景色がいい!」


「俺は底を覗いた」


 ダムの底を覗くリョウエイ。


 数瞬の沈黙。

 ――会場が俺たちを固唾を呑んで見守る。


「どうだった!」


 沈黙を破るように中島が尋ねる。


「水は貯まっていなかった」


「あちゃー!」


 膝をつき、絶望するリョウエイ。


 ――俺たちは飛べる。


「俺は気づいた。水は最初から貯まっているものじゃない」


 立ち上がり、天を仰ぐリョウエイ。


「そうだそうだ!」


「水は、一粒一粒大切に貯めるものだと気づいた」


 何かを悟り、力強く頷くリョウエイ。


「俺が心の中のダムだと思っていたものは」


 ――どこまでも言葉の翼で飛んでいける。


「「「水たまりだった」」」


 ――終了のゴング。

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