第20話 僕はジョバンニ、君はカムパネルラ

 俺たちが黒部市宇奈月国際会館セレネで激戦を繰り広げた次の日。一年二組では、俺たちが二週間後に東京での詩のボクシング全国大会に出場することが早々に知れ渡っていた(後で聞いた話によると、檜山先生伝いで何人かのクラスメイトに情報が行き渡っていたらしい)。それだからか、朝、教室に入るなり、何人かのクラスメイトが親指を立ててこちらに激励の言葉を投げかけてきた。

 今まで、クラスで目立たない自分が、声を掛けられ、しかも応援までされるとは思わなかったので、返事も多少はぎこちなかったが、級友からの応援は、心の底から素直に嬉しかった。


 俺が自分の席に鞄を置いて時計を見ると、時間はまだ朝の八時五分。八時四十分から一限目が始まるので、多少時間に余裕がある今は、教室の中も比較的ゆったりとした時間が流れていた、

 俺より先にリョウエイが来ていたので、リョウエイの机に行き、俺たちは、少しだけ黒部での戦いについて話していた。


 と、朝の静寂を割って入るかのように、訪問者が現れる。一組の中島だった。中島は、俺たちを見つけると、いたいた、と言いながらこちらに近づいてきた。

 俺は、軽く手を挙げて挨拶をすると、中島は唐突に口を開いた。


「おパンティを見に行かないか」


「おパンティ。女子の?」


 俺は、中島が口にした「おパンティ」を口の中で十二分に咀嚼し、聞いた。朝から妙にテンションが高い中島が頷く。


「おパンティがよく見える、いい場所があるんだ」


 中島は、これ以上ないまじめな顔つきでそう言った。


「そんな、星を見に行こうみたいなノリで。俺は行かんからな」


 リョウエイが珍しく中島にツッコミを入れた。

 俺は教室の中を見渡す。教室にはぼちぼちと人がいる程度だが、俺たちの会話に関心のあるクラスメイトはおらず、皆眠そうに机に突っ伏しているか、携帯をいじっている。


「駄目、かな」


 中島がしょんぼりとうなだれる。リョウエイが首を振り、苦笑う。

 俺は、まあ、中島がわがままを言うのは珍しいし、付き合ってやるかという建前を胸に、心の中ほんねでサムズアップした。


「行くぞ、澄み渡った夜空に流星を探しに」


 俺は、はあと溜息を吐いた。そして立ち上がり、そう言った。中島が信じられなさそうな顔でこちらを見る。


「望遠鏡は持ったか!」


 俺は、呆けている中島に聞いた。


「あ、ああ! ここに!」


 中島は、目に光を取り戻し、力を込めて胸を二度叩く。


「しっかりとな!」


 したり顔の中島。俺と中島は口角を上げ、頷きあう。


「やかましいわ」


 リョウエイからのツッコミ。


「いざ行かん! 男たちの夢の跡、悠久の旅路、アンドロメダ銀河の果てに」


 俺と中島は時計の針が二十分を指しているのを確認し、急いで教室を出た。

 登校ギリギリの八時三十分から三十五分の間。脇目もふらず走る女子たちのスカートが翻る確率が最も高い時間だ。


「やれやれ。しょうがない二人だぜ」


 なんやかんや言いつつ、リョウエイが俺たちの後ろから付いてきた。リョウエイもおパンティは好きなようだ。

 

 こうして俺たちは教室の階段下に陣取り、女子たちの冷ややかな視線を浴びながら、始業時間ギリギリまでスカートの中に黒く広がった星空を眺めていた。


 中島は、全国大会に行くにあたり、俺たちと色々なことを話したかったらしい。まさか東京へ行けるとは思わなかったこと。これからの俺たちについて。縞パンとくまちゃんパンツの素晴らしさ。十五分程度だったけれど、皆、同じ方向を向いて語り合えたのは、とても意義のある時間だったのかもしれない。


 俺たちが見たおパンティは、女子たちの一瞬の挙動により見えたり見えなかったりした。一時間に一、二度見られればいいところだろうか。朝の貴重な時間をこんなくだらないことに費やすなんて後ろ指を指すやつもいるだろう。だがそれでも、朝のラッシュ時に階段を駆け上がる女子たちを見上げていると、夏の夜空に降り注ぐ儚い流星群のように思えた。


 もしかしたらおパンティも流れ星も、儚いから素敵なのかもしれないな。神妙な顔で凝視する二人を横目に俺はそう思う。

 

「あっ、流れ星」


 一時間目の授業が始まる。始業のチャイムが二度、鳴った。

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