第21話 ドラゴンスレイヤー
十一月も半ば。詩も、俺たちのチーム名も白紙のまま、詩のボクシング全国大会まで俺たちに残された猶予は一週間を切っていた。
俺と中島は放課後、いつものようにディベート部の部室である情報処理室に居座り、ディベートに使用する立論――ディベートの試合で、それぞれのチームの主張をまとめたもの。各チーム四人一組で、肯定側と否定側両方行うので、二種類の立論を用意する――を精査していた。
パソコンが三十台ほど置かれた情報処理室には、パソコンから発せられる熱気と、どこか埃くさい鼻奥に来る臭いに包まれており、長い間この部屋で作業をすると、鼻毛が伸びるような気配がする。
ちなみに、情報処理室は精密機械が置いてある部屋ともあって飲食厳禁だが、よく
ちなみに富岡第一高校は近畿中部ブロックに所属しており、膳所高校など最強格の高校と戦った。八チーム中二チームしか全国へ行けない激戦区ということもあり、言い訳にはなるが予選敗退した。そのため、八月以降はもっぱら来年に向けたフリーの論題を使用し、一対一のディベート勝負を行っていた。ちなみに、今年の予選・全国の論題は一貫して、『日本は道州制を導入すべきである。是か非か』であった。
とはいっても、大会前とは違って非常に緩い空気で、なんなら詩のボクシングの全国大会も近いとあって、普段なら合唱部として音楽室で心地よいハーモニーを奏でているリョウエイも、顧問の檜山先生の誘いで情報処理室に来ていた。
――ちなみにリョウエイはめちゃくちゃ歌がうまい。カラオケだと、苦もなく九十点以上を叩き出すほどである。
俺が情報処理室のパソコン――Windows7の時代にWindowsVistaが一高スタイル――と睨めっこしている最中、リョウエイは、情報処理室の椅子(回るタイプ)で本を読んでいた。
「リョウエイ、何見てんの?」
立論を作るのにも飽き飽きしていた俺は、リョウエイに聞いてみた。
「最近ハマっているラノベなんだけど、ヒロインが最高に萌えるんだよぉ」
「へ~面白そうじゃん。ちょい貸して」
リョウエイの返事に檜山先生の赤縁の眼鏡が光る、先生はリョウエイの本をねだる様に手を伸ばした。
「まあ、いいですけど」
檜山先生によくいじられるリョウエイは、渋々といった様子で先生にラノベを渡した。先生はリョウエイからラノベを受け取り、ふんふんと言いながらページをぺらぺらとめくっていく。
「最近のは挿し絵がアニメっぽくてめっちゃ可愛いのな」
ページをめくる度、檜山先生の顔は、無表情から苦笑い、苦笑いから笑いをこらえてくしゃくしゃ顔になる。
「どうしました?」
俺は、檜山先生に聞いた。
「やばい、これ、ヒッヒィー!」
俺とリョウエイは、檜山先生が差し出したページをのぞき込む。
「俺の名前は! バーニング! ファイティング! ファイター! ヒー!」
檜山先生は息をするのも苦しそうに腹を押さえて笑っている。
「バーニングファイティングファイターってめっちゃ戦ってますよね」
俺がそう言うと、檜山先生は顔を何度も振りながら肯首する。横から見ていた同じディベート部の二年生の先輩や内山、鎌田が集まってきて、リョウエイをいじり始める。リョウエイは嬉しそうにやめろよぉなんて言っている。
「俺、知ってるぞ。厨二病だ、厨二病。ドラゴンスレイヤーとかいう奴!」
檜山先生がリョウエイに向かって言う。
「リョウエイ、ちょっとドラゴンスレイヤーとか言ってみて?」
檜山先生の無茶ぶり。リョウエイは、サービスだと言わんばかりに、右手を顔の前にやり、左手を右腕の肘を支えるようにポーズを取り、心を込めて言葉を発する。
「我が名は、ドラゴンスレイヤー!」
情報処理室を包み込む爆笑。笑い転げて椅子から落ちる檜山先生。リョウエイの背中をバシバシ叩く中島。
「ヒー! もっかい、もっかい」
檜山先生のアンコールに調子に乗って何度も応えるリョウエイ。結局その後も、リョウエイのステージとなり、俺たちの笑い声が学校中に響いていた。
……こんな感じで、ディベート部+αは毎日平和です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます