第3話 女の子に着せる服装で素晴らしいのは、メイド服ではなくスク水である。是か非か

「これから肯定側の立論を発表します。今回の論題『女の子に着せる服装で素晴らしいのは、メイド服ではなくスク水である。是か非か』において、僕はスク水が素晴らしいと自信を持って主張します――」

 

 五月も半ば。結局クラスに馴染めない俺は終始口をつぐみ、何か聞かれた時だけ丁寧に返事をするようにした。

 おかげで俺は教室の中に居てもいなくてもいい空気みたいな扱いになった。休み時間はふて寝くらいしかすることがない。結局、二組に居場所がないと感じた俺は一年生の入部者が俺以外一組であるディベート部に入った。

 今はディベート部の歓迎ディベートの最中。一年一組の内山がスク水に関して熱く語っている。


「――スク水の良さの根幹は、あどけない顔をした女児が濡れたスク水を着ることにあります――」


 ディベートとは、ある論題に対して肯定側と否定側でそれぞれ持論を発表し、どちらの論拠に説得力があるかを決める競技である。それぞれの立場の持論のことを、立論と呼んでいる。俺たちは、ディベート部に入ってすぐ、競技の雰囲気を掴むため、お試しの論題でディベートを行っていた。


「――ですから、スク水を着た小学生くらいの小さい女の子が、プールサイドで楽しそうにしている。それだけで十二分にグッと来るものがあるわけであります」


 ディベート部の部室である情報処理室には、パソコンが三十台置いてあり、教壇には大きなホワイトボードが立て掛けてある。発表者は教壇に立ち、観客は思い思いにパソコンの前に置いてある回る椅子の上に座っていた。土足厳禁なので、中履きのサンダルを脱いで、みんな靴下になっている。


「これで肯定側の立論を終わります」


 肯定側の立論を発表し終えた内山が、教壇を降りる。ディベート部に俺と同じくして入った内山は、スク水に対する熱弁を、規定の六分間ずっと続けた。

 次に、否定側である俺の立論発表だ。


「これから否定側の立論を発表します。否定側は、スク水よりもメイド服のほうが素晴らしいと主張します。理由としては二点あります。一点目はメイドがご主人さまにご奉仕するという主従関係性にあります。そもそもメイド服というのは――」


 俺は、メイド服の良さを分かりやすく伝えるため、アピールポイントを大きく二点に分けている。先程の内山が発表しているときにニヤニヤしていたディベート部顧問である檜山ひのきやま先生と、補佐の神保しんぼ先生が、先程より若干真面目な表情で俺の発表を聞いている。どちらも国語の教諭である。


「二点目はメイド服の清潔さであります――」


 檜山先生は男の教師で四十代だそうだが、三歳になる子供がいる。若作りをしており、背は平均的で痩せぎす。見る人によっては二十代後半に見えなくもない容姿をしており、生徒からも人気がある。ちなみに、一年一組の担任でもある。

 神保先生は女の教師で、三十代前半。背は小さく、丸っこい感じ。アイシャドウを付けて、肝っ玉母さんという印象を受ける。こちらは担当のクラスを持っていない。


「――以上で、否定側の立論を終わります」


 俺の立論が終わった。時間は持ち時間六分間のうち四分程度しか使用しなかったが、伝えたいことはだいたい伝えられただろう。

 ディベートは肯定側、否定側の立論を発表し終えた後、それぞれの立論で疑問に思ったことを、反対側の立場から確認する質疑を行う。そして相手の立論に対する矛盾や弱点を指摘する反駁はんばくを否定側、肯定側の順で交互に二回行い、それぞれの論拠の優位性を判断する。

 立論発表の後、お互いの質疑は滞り無く進み、ついに否定側である俺の第一反駁が始まった。


「これから否定側の第一反駁を始めます。肯定側のスク水が素晴らしいという主張は、あくまでも主観でしかありません。一方、メイド服というのはメイドというフランスで生み出された一種の雇用形態の中で、上流階級の主人を支えるという奉仕を通した精神性が連綿とつながる歴史の中で醸成されたものであります。ですから、奉仕の精神という精神性を含めた高貴さが、メイド服の魅力であります。――これで、否定側第一反駁を終わります」


 結局、この一手が決め手となり、俺はメイド服の素晴らしさを皆に知らしめることが出来た。

 俺は、久々に得た達成感に相好を崩し、小さくガッツポーズをした。

 この後の内山は、同じ言葉の繰り返しでスク水を賛辞したが、メイド服の洗練された歴史を覆せるだけの論拠も示せず、内山のスク水愛は男泣きに濡れた。

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