第4話 ゆるい空気

「くっそー、負けた!」


 スク水の素晴らしさを伝えきれなかったことを悔やみ、内山は男泣きした。


「まあ、スク水も悪くないよ。スク水を着た少女を愛でるコアなファンが居るとか、それこそ舐め回すような表現を使って、もう少し変態性を前に推していくべきだったね」


 俺が真面目に解説すると、内山が「なるほど」と言って納得した。顧問の檜山先生は「アホやな~」と言って笑っている。


「で、次は誰だ。鎌田と中島か」


 檜山先生が俺たち一年生をニヤケながら見回す。一年生は、一組の内山、鎌田、中島、そして二組の俺を含む四人がディベート部に入部した。


「鎌田、起きろ!」


 医者の息子で眼鏡をかけている内山が鎌田を小突いた。声が甲高く、よく笑う男だ。内山のお爺さんは元市長で、隣の市でも有名な観光名所である塔を建てた、文字通り立役者だ。


「寝てねーし!」


 鎌田も医者の息子だが、内山とは対照的で、のんびりした雰囲気をしている。さらに、目が開いているのか閉じているのか分からない顔をしている。例えるならモアイだ。この特徴は、入部後、顧問含め、部内のみんなにいじられるようになる。


「……っす」


 中島は、静かで引っ込み思案な性格だ。しかしガタイがよく真面目なので、先生からの指導も素直に聞いていた。ちなみに中島も医者の息子。俺は一般家庭に育ったから上流家庭の空気には慣れていない。社会的成功者の割合が多いのは、流石私立高校だなと思った。


「中島くん、旅の恥はカキステやよ! さあ、思い切って」


 神保先生が中島の背中をバシバシ叩く。中島は、よし。と言って、気合を入れ直した。


「中島くん緊張してる?」


 二年生の山寺さんが中島に声をかける。バックヤードでは中島を「かわいー」と言ってはやしている。


 ディベート部の上級生は三年生がおらず、二年生が男女合わせて三名。先輩方も、なんやかんやで俺たちを可愛がってくれた。

 ディベート部の活動としては、目下もっか八月に行われる北陸予選までにディベート連盟から公式の論題が出され、それを肯定側と否定側の立場でちゃんと論じられるようにならなければいけなかった。


 ディベートは、一チーム四人で戦い、四人それぞれに役割がある。自分のチームの論文を読み、相手の質問に答える立論りつろん。相手の論文に質問をする質疑しつぎ。相手の論文の矛盾や不当性を突く第一反駁だいいちはんばく。第一反駁の意見を踏襲とうしゅうし、最後に自分の論文の正当性を主張する第二反駁だいにはんばくの四つである。


 ちなみに、この年の論題は『日本は道州制を導入すべきである。是か非か』だった。しかし、この論題は事前の下調べや準備がなければまともに話し合うことなど出来ない。

 俺たちは入部して間もなくだったので、『ドラえもんは現実に存在すべきである。是か非か』や、『スク水とメイド服どちらがいいか』など、簡単な論題でディベート力を高めていった。


「お前ら、頭使って疲れただろ。休憩だ。これ、持ってきたから内山開けろ。一年生は特別に二枚だ」


 情報処理室は精密機器があるため飲食厳禁である。檜山先生は内山にファミリーパックのカントリーマウムを渡し、先生自身はドデカミンの缶を開けた。プシュ、という炭酸の抜ける音と、鼻にまとわりつく人工甘味料の匂いが教室に広がる。

 その後、鎌田と中島が『ドラえもんは現実に存在すべきである。是か非か』の論題で対決したが、鎌田がハキハキと喋らなかったため、聞き取れず、中島の不戦勝になった。

 俺はつぶみの缶を開けて中の丸々果肉が入ったマスカットジュースを味わいながら部員たちの他愛もない話を聞いていた。

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