第10話 脇役の目線
「勝者、青コーナー、中島!」
四畳のリングでは、レフェリーに左腕をあげられた中島が観客の拍手を浴びている。俺はレフェリーを挟んだ反対側で、ただ、会場を見ていた。
「だろうな」
俺がポエムを発表し終わった時点で察してはいた。そして、中島がポエムを詠みだした時にそれは確信へと変わった。
観客は中島の勝利をたたえ、もう、俺を見ている観客は誰もいない。中島の方を見ると、勝ったのに喜んでいる素振りはない。淡々とした作業をやり終えた、何の感慨もない顔だった。それが余計腹立たしかった。
俺がリングから降りると、檜山先生は意外そうな顔をして「ドンマイ」と言った。
中島はクラスメイトたちに笑顔で迎えられている。
俺は会場の隅。審査員席のちょうど影になるところに座る。ここはディベート部の定位置で、ゴング係の内山を始め、鎌田も座っていた。
「アキ、合宿であれだけ盛り上がったのに、どうした」
内山がおちゃらけて俺に聞いた。俺は頭をかいた。内山の問は答えようがなかったが、黙っているわけにもいかなかった。
「いや~発表するポエムミスった。もっとはっちゃけたやつにすればよかった」
俺は何でもないように装い、それだけ言って、おどけた。負け惜しみだってことは分かってるよ。でも、何か言い返さなければこの屈辱には耐えられそうもなかった。
「それにしても中島すごかったな。迫力があったと言うか、あれはポエムじゃなくて演説だな。それも、最近あったことを話しているだけの。でも、めちゃくちゃ面白い!」
内山が興奮した声で悪気もなく言った。そうだと分かってはいるが、それでも、その発言は俺への当てつけかと思った。
その後の俺は参加意義を見失った大会で、他人のポエムをただ漫然と見ていた。観客の生徒の中には、クラスメイトたちが恥ずかしそうに発表する様を野次を飛ばしながら楽しんでいる運動部のような連中もいれば、ただ、檜山先生に授業の一環として連れてこられ、早く時間がすぎるのをあくびをしながら待っているクラスでもぱっとしない中途半端なやつもいる。今の俺は断然後者だ。
俺が一回戦で負けた後の試合はつつがなく進み、俺は大人しくクラスメイト達の試合を見ていた。
自分の役割が終わって、ただ時間を浪費するという行為は苦痛意外の何者でもない。だから俺は、発表者のポエムを分析しながら、俺自身の新しいポエムを作れないかと妄想に浸っていた。この姿勢。見る人によっては殊勝だと褒められるかも知れない。しかしこれは、他人との接点を不用意に持ちたくない俺自身を社会から切り離すための現実逃避であり、俺自身に染み付いた癖であった。
試合をぼんやりと見つめているだけでも、稚拙なクラスメイトのポエムの中に、キラリと光る何かを持つ者がいる。特に試合の中でも目立っていたのは、中島の他に、一組の優等生である前場と星井だった。
前場は優等生らしく堅実な意識の高い精神論ポエムで勝ち進み、準決勝まで残っていた。星井は女子らしく彼氏との思い出を綴った恋愛系のポエムを詠み、ルックスも相まって一高では少ない女子票だけではなく、青春真っ盛りの男子からも根強い人気を誇っていた。
また、松里もいじられキャラらしく、恥ずかしげもなくセンスがぶっ飛んだポエムを詠んでいた(顔に似合わず、星の下で幼馴染の女の子に告白する男心がモチーフらしい。最近流行っているラノベにたしかそういう展開があったような気もする)が、松里が出るたびに会場が湧き、奴は常に勝つ雰囲気を身にまとっていた。そして松里も前場と同じく準決勝まで進み、前場と当たることになった。
詩のボクシング二日目。準決勝第一試合は、前場と松里の試合だった。先攻は松里。いつものように松里がリングの上にあがると、会場からは笑いが起こる。松里も会場の反応にいちいちリアクションを返しているあたり、律儀な男だった。
ゴングが鳴り、松里がいつものようにポエムを詠み、ひとしきり会場の笑いをかっさらって、リングを下りる。
次は前場だ。前場は、ここぞという時のために書いてきたのだろう、渾身のポエムをぶつけてきた。会場からは感心する声が漏れ、松里が作った空気を一気に引っぺがした。
結果、何と前場が松里を下し、決勝に進んだ。
松里は、負けたことを何でもないふうに装い、格好をつけてスタイリッシュにスキップでリングから降りようとしたが、案の定、畳から滑って会場の笑いを誘った。松里は悔しそうに笑いながら、周りのクラスメイトにドンマイと声を掛けられている。
さあ、次は俺を破った中島の番だ。中島の相手は一組で前場と双璧を成す優等生の女子、星井。先攻の星井は、女子らしく恋愛に関するポエムを詠み、一高内では少ない女子たちの貴重な票を絡め取っている。もちろん、星井のことを気になっている男子も多く、一定数、男子からの票も期待できそうだ。流れは、やや、星井に傾いている。
星井の番が終わり、中島が壇上に上がった。なんと、中島は何も持たずに、堂々とリングに立っている。
実は、詩のボクシングはポエムが書かれたカンペを持っていてもよく、今までの選手は、紙を見ながらポエムを詠んでいた。それは、夏合宿で詩のボクシングを行った際、ある女子生徒がリングの上でポエムを忘れてしまい、三分間棒立ちになるという事件が起こったためだ。観衆の前で何もしゃべられなくなる恐怖に備え、リスクの低い、カンペを読みながらポエムを詠む手段を取るのは当然ともいえた。
ゴングが鳴り数秒の間の後、中島は口を開いた。なんと中島は何も見ず、ポエムを喋っている。日常を元にした内容だ。今回のテーマは学校での生活。ディベート部での地区大会をモチーフにしている。肯定側と否定側。それぞれの立場を、中島一人が交互に演じ、白熱したバトルをリングの上で繰り広げている。
その時、俺を違和感が襲う。
「まさか、ポエムを即興で作っているのか?」
作ってきたというにはあまりにも自然すぎる。覚えるだけではどうしても読んでる感が出る。もちろん、練習をして自然と読めるまで持っていく方法もあるが、中島は観客から巻き起こる野次も時折ポエムに組み込みながら自分の世界を展開している。
ポエムも半ば。中島の才能をクラスメイトたちは察知したらしい。会場にはざわつきが起こり、みんな、感嘆と驚きの混じった半笑いを浮かべながら、中島の放つ言葉を聞いていた。
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