地区予選〜厨時代結成編

第13話 黒部市宇奈月国際会館セレネ

 俺がリョウエイ、中島とチームを組んでから三週間が経った。

 檜山ひのきやま先生の運転するバスは、俺たち三人と一組の前場、星井、そして二組の女子である柿里を乗せて国道八号線を走っていた。

 俺が檜山先生から声と言葉のボクシング――詩のボクシング団体戦を区別してこう呼ぶ――の選手になる勧誘を受けたとき、俺はそのまま全国大会に行けると思っていたが、それは勘違いだったようで、まずは地区予選を勝ち抜く必要があるらしかった。


 予選は黒部市宇奈月国際会館セレネ――小規模の舞台がある、大学の卒業式とかで使われていそうな市民ホール――で行われた。

 会場に着くと、百人ほどの観客席がある小さなホールにはすでに地元紙の報道陣と市長代理、そして数十名の観客が座っており、まばらに空席はあったが、アウェーで戦うというプレッシャーを感じさせた。


 参加チームは俺、リョウエイ、中島のAチームと、前場、星井、柿里のBチーム。さらに、黒部高校から参戦したCチーム。そして、全国大会に出られるのは、この中から勝ち残った一チームのみ。まずは三チームを二チームに絞り、その二チームで即興詩の決勝を行う。


 リングは学祭の時に私用した四本の赤青の円柱だけで作成され、若干いびつな長方形を象りながらも素早く設置された。なお、本大会の司会進行及び会場設置の雑務係としてディベート部の内山と鎌田が土曜日だというのに駆り出されている。うっちー(内山)、鎌田。ありがとう!


 会場は気炎十分。檜山先生の試合開始の合図があり、ついに戦いが始まった。抽選の結果、Cチーム、Bチーム、最後に俺らAチームの順で試合を行うことになった。


 まずは、黒部高校チームだ。どうやら三人で一本の詩を詠むらしい。果たして、どんな詩を詠むのか――。


 ゴングが鳴る。黒部高校の三人は横並びになり、すぐに詩を読むことはしなかった。一瞬の間、溜めが入る。


「「「雄大な自然――」」」


 三人が叫ぶ。


「黒部ダムの息吹!」


 一人が情感たっぷりに言葉を紡ぐ。


「ざざぁ……ざざぁ……」


 その言葉と共に、日本一の規模を誇る黒部ダムの巨大さを、三人は身体全体を使って表現した。確か黒部ダムには建造に何人もの犠牲と長い年月を掛けた熱いドラマがある。そんなダム建造に命を懸けた男たちのドラマを描いた映画『黒部の太陽』はおすすめだ。


「宇奈月温泉!」


 一人が夢見心地で言葉を発する。


「ぽかぽかぁ」


 三人はまるで温泉に入ってとけきった顔をした。手足をゆるゆると揺らし、さも気持ちが良さそうに! これはヤバい! 宇奈月温泉は紅葉の季節になると、色づいた木々を見ながら日頃の疲れがすっ飛んでいく温泉に入ることが出来るのだ。もしやこいつら、日常的に温泉に入っている!? 羨ましい。俺は温泉が好きなので、この試合を抜けて、すぐさま入りに行きたいと思った。


「満点の星」


 一人が、空に散らばる星を両手で表現する。


「サァーッ」


 その一人に続いて、残りの二人も両手で流れる星々を追随した。

 黒部は空気が澄んで、夜景となる人工的な明かりが少ない。その反面、夜には空一面を大量の星が覆う。その様を言葉で表すと、圧巻の一言につきる。


 その後も三人は、黒部で体験できる感動を詰め込んだ詩を披露した。

 この詩には三人の黒部愛が詰まっている! 俺の心はすでに、「檜山先生! この後温泉に入って行きませんか」という気持ちになってしまっていた。


 黒部の魅力を全身で味わった俺たちは、半ば放心状態となり、余韻を味わいつつCチームが隅に捌けていくのを見た。

 続いてはBチーム。優等生の前場と星井、さらには柿里が加わったこの三人は、どんな詩を魅せてくれるのだろうか。

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