第16話 ダム
「決勝進出は、黒部高校チームと、富岡第一高校Aチーム!」
レフェリーが淡々と、勝者の名を告げる。
レフェリーの口から俺たちのチーム名が出た瞬間、俺は何が起こったのか分からなかった――。
――時間は少し巻き戻る。黒部愛を詠った黒部高校チーム。一高の中でもイケてるメンツが集まったBチーム。そして、クラスでもあか抜けない俺たちAチームはそれぞれ詩を発表し終わり、レフェリーが決勝に進出する二チームの名がその口から発せられるのを待っていた。
決勝進出チームは、会場にいる観客の投票で決められた。観客に、よかったと思ったチームに手を挙げてもらい、得票数の多い、上から二チームが決勝に進むシステムだった。
投票には数分の時間を要し、会場のざわつきの中、レフェリーが決勝に進んだチームを発表した――。
何度かの記憶のフラッシュバックの後、今の現状が俺の中で少しずつ現実みを帯びてきた。
「うっひょおおおお! 一回戦勝ち抜いたぜー!」
リョウエイは、喜びを全身で表現し、おわら風の盆を踊った。
おわら風の盆は富山県富山市の八尾地区で行われている祭りだ。坂の多い町の道筋で、哀切感漂う旋律に乗せて、頭に笠を乗せた女性たちが踊る艶やかで優雅な女踊りと、はたまた活きのいい男衆が舞う男踊りに哀調のある音色を奏でる胡弓が混ざり合い、幻想的な空間を演出する。三日間で二十五万前後の観光客が訪れる大規模な祭りでもあり、祭りは九月一日から三日まで開催されているので、読者の諸君は是非富山に遊びに来てほしい。
一方、俺はというと、リョウエイの踊りを目で捉えながらも、決勝に行くという信じられない事実に対して目が泳いでいた。
そんな俺の肩に、不意に手が置かれる。手を置いたのは、中島だった。
「アキ、気をしっかり持て。勝負はこれからだぞ」
中島は、気が動転している俺の顔を見て、そう言った。
俺は、気を遣っている中島と踊るリョウエイを見比べ、半笑いを浮かべる。
「リョウエイにはその言葉をかけないのか?」
「……あいつはあれでいい」
中島はそれだけ言って、会場に向き直った。
会場には、決勝進出に意気込む黒部高校と、惜しくも敗北したBチームの姿があった。
俺が、何気なく眺めていると、Bチームの前場は俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと近づいてきた。
「君たち、頑張れよ」
前場はそれだけ言い、星井と柿里も前場の言葉に頷いた。
Bチームの面々は、少し残念そうな顔をしていたが、すぐにいい笑顔をこちらに向けた。
勝利への余韻が薄れ、会場も落ち着きを取り戻した頃、十分の休憩を挟み、黒部高校と俺たちAチームの戦いが始まった。
決勝戦は、即興詩。
お題は、黒部市市長代理が出すことになった。
お題は『ダム』――。
黒部市らしいお題だ。
俺はお題が発表されるとすぐに、ダムの雄大さを元に詩を考え始める。俺はアドリブが苦手だ。だから出来る限り、一分一秒でも考える時間が欲しい。リョウエイも同じく顎に指を添えて考えている。中島は、飄々と会場全体を見ている。流石だ。こいつは俺たちの発表が始まってから考えるらしい。
先攻は黒部高校チーム。黒部高校は残された時間で意気揚々と作戦を練り上げている。大丈夫。そう自分に言い聞かせた。後攻の俺たちには、まだ、猶予はある。しかも、即興詩なんだ。時間をかけて作り上げた詩とは違い、思いつきで作った詩なんて、浅いものしか出来ないだろう。
俺はこの時、黒部高校を、いや、即興詩そのものを舐めていた。
レフェリーの合図。ゴングが鳴る。黒部高校の面々は一斉に口を開いた。
――しかし、俺は知らなかった。ロクに準備時間もなく、たった三分で紡ぎ出される即興詩が、まさか黒部ダム以上に深いものになろうとは。
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