第29話 二人の背中
「まるで祈りだな」
舞台袖。光の中を燦然と泳ぎ回る三匹のウミガメを、中島がそう評した。
確かにチームウミガメの詩は、胸の奥に秘められた孤独を観衆たちに叫んでいた。
「まだ小学生だろ? 三人とも、どんな人生を送ってきたんだろうな」
中島が何か察したのか、眉間に皺を寄せて悲しそうな顔をする。
「幼い彼女たちにとって、あまりにも辛かろうに! ヨヨヨッ!」
リョウエイが右手で顔を覆い、大げさにオイオイ泣き出す。そして、隣の中島から「どさくさに紛れて何かっこいいポーズとってんだよ」と突っ込まれている。
「分かるな」
俺は誰にも聞こえないようにぼそっと、そう呟いたつもりだったのに、中島とリョウエイが俺を見る。俺はそれに気づき、自嘲して鼻で笑った。何か照れくさかったのだ。俺は、二人を見返す。
「なあ、今更だけどさ。俺たちに何かできないかな」
俺が二人の目を見ながらそう言うと、二人は少しうつむき何か考えている。傲慢な考えかもしれない、だけど、俺たちなら、彼らの力になれるんじゃないかと思った。二人の思考も数瞬のことだったらしい。何か納得したように中島が顔を上げ、ニヒルな笑みを浮かべる。
「ああ、卵から
中島の目は何か楽しいことを思いついたのと、まだ見ぬ未来への覚悟で力強い光を放っている。
「今から変更するの、大丈夫?」
恐る恐る聞いてみる。すると、俺からの問いに中島とリョウエイは顔を合わせ、何をいまさらと笑った。
「確か、アキは詩を書く担当なのに、忘れて来たんだってな!」
俺の頭は一瞬フリーズした。リョウエイの言葉に隣で中島がクスクスと笑っている。そんな唐突なリョウエイからのフリだったが、中島は分かったよと頷く。
「しょうがないやつだな。アキは!」
リョウエイに合わせて中島も悪乗りをし、俺をなじってみせた。何だか、小学校の放課後、門限を過ぎた後に始める鬼ごっこみたいだった。俺は、ポッケの中にある二回戦用に詠むはずだった詩を握りつぶした。
「中島、リョウエイ。――ごめん」
ありがとうと言いたいはずなのに、口からこぼれたのは謝罪の言葉。
「おっと、そろそろ時間だぜ、アキ。皆に俺たちの雄姿を見せつけてやろうじゃないーの! バキュウウーン!」
それでもリョウエイの威勢のよい声にかき消され、俺の謝罪は誰も聞かない虚空に消えた。
間髪をいれずにリョウエイが頭の上で両腕を組み、足をクロスさせて格好いいポーズをした。極めつけに指を拳銃にして俺を狙い撃つ。
俺は、口角を上げ、二人へかける言葉を言い直す。
「俺は、ウミガメの三人に伝えたいことがある。だから、頼む」
俺はそれだけを言うと前を向いた。
時間だ。俺たちはリングへと向かう。中島とリョウエイは、眩いライトで逆光になった背中越しに力強く頷いた。
二人とも。俺のわがままをありがとう。
――試合開始のゴングが鳴る。
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