光の三分間と声と言葉の青春

鷹仁(たかひとし)

プロローグ

 ――青コーナー、富岡第一高校ジム所属。厨時代ちゅうじだい

 レフェリーの溌剌はつらつと響きわたる声が、会場の四方に設置されたスピーカーを通して観客たちの鼓膜こまくを揺らす。


 季節は木枯らしが吹く冬。ここは千人規模の観客を収容できる都内にある某コンサート・ホール。レフェリーに呼び出されたは、舞台袖からステージの中央のボクシングリングへと歩を進める。リングは赤と青の二対の支柱に、綱引き用のロープを通し、ピンと張って固定したシンプルなものだ。


 学校指定の紺色のブレザーを着た三人の田舎くさい高校生がリングの中央に現れると、会場全体が歓声に包まれる。

 ボクサーというよりはお笑い芸人のような風貌ふうぼうの三人。だけれど今日、俺たちがこの場所にいるのは決して漫才をしにきたわけではない。


 俺は会場を見渡す。――確認する限り、席がすべて観客で埋まっている。顔をどこに向けても千の視線が俺たちを刺す。

 今までの十五年間、俺たちがここまで注目されたことがあっただろうか。いや、なかった。生まれて初めての経験だ。このプレッシャーの中、頭が真っ白になって、もし、試合の最中に棒立ち状態になってしまったらどうしよう。もし、考えに考え抜いた俺たちの詩が受けなかったらどうしよう。想像しただけで身悶えする。

 俺は次々と浮かび上がるネガティブ思考を必死で振り払おうとした。なんだか酸素が薄い。体中から変な汗が滝のように出る。会場の熱気で意識が飛びそうだ。

 隣から俺を呼ぶ声がする。俺は天を仰いだ。そして、大きく二回、深呼吸する。


 リングに降り注ぐ照明が俺の体を焼く。やけに喉が渇くな……。俺は生唾を飲み込む。

 わずか十畳ほどの四角いリングの上には俺たち厨時代と、俺たちと対戦するチーム、レフェリーの合計七人が立っていた。

 普通のボクシングでは見られない三対三のチーム戦。しかも俺の手にはグローブではなくマイクが握られている。

 そして、それ以上におかしいのは、クラスでもぱっとしない田舎モノの俺らが東京タワー近くの人で埋め尽くされた会場の中心でスポットライトを浴びていることだ。

 遠い水面みなもから俺を呼ぶ声がはっきりとした形を持つ。


「アキ」


 俺は、隣に並ぶ二人のチームメイトと顔を合わせる。二人はもう覚悟ができていた。そうだ、これは夢じゃない現実だ。二人の顔を見て、俺もようやく覚悟を決めた。

 俺は、観客たちに向き直る。

 レフェリーの合図で試合開始のゴングが鳴る。

 ――その瞬間、会場からは俺たち以外の音が消えた。

 ゴングと同時に、普段、教室でもあまり開かれない俺たちの口が、ワセリンを塗ったように滑舌よく滑り出す。俺たちの口からは、この時を待ってましたと言わんばかりに次々と言葉が飛び出した!


 冴えない俺たちを表現する詩。

 右ストレートの代わりに、俺たちが打つのは言葉のパンチ。

 飾りのないありのままの自分たち。周りから落ちこぼれと言われてもなお、必死でもがいて自分の生きた証を会場の観客に伝えたい気持ち。そして、そんなむき出しの欲望を補う練り上げられた技術。

 計算された間の取り方で緩急をつけ、会場すべての人に鍛え上げた言葉をマシンガンのように放つ。

 統率された言葉のリズムは観客を惹きこむ流れを生み、四方を観客で埋め尽くされた会場には、拳で撃ち合う打撃音ではなく感情を乗せた言葉のビートが響く。


 そう、俺たちはボクサーではない。ボクサーだ。

 三分間という制限時間内に自分たちの声と言葉だけで、いかに観客の言葉をつかみ、ノックアウトさせるか。

 言葉のボクサーの中には詩を詠む人もいるし寸劇をする人もいる。中にはリングを縦横無尽に跳ね回り、アクションと言葉を融合させたダイナミックな表現をする人もいる。


 この刺激的な競技の名は、

 しかも! この競技に参加する選手は十代から八十代という常識しらずの無差別級ボクサーたちだ。

 だが、どんな相手でも関係ない。俺たちは俺たちの生き様を言葉に乗せて叫ぶだけだ。

 これは、青春を声と言葉に賭けた俺たち三人の物語。


 みんな、俺たちの魂の叫びを聞いてくれ。

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