第8話 落ちこぼれの詩
夏合宿での詩のボクシングが始まり、トーナメント第一回戦で俺に当たったのは、一組の女子、村田。気がついたときには村田の発表は終わっており、檜山先生が発表者である俺の名前を呼んでいた。
「いけるか」
檜山先生が俺にマイクを渡す。
「いけます」
俺は檜山先生からマイクを受け取る。
檜山先生が合図をすると、ゴング係の内山が開始のゴングを鳴らした。
「ジャバラバ、ジャバラバ、平井のジャバラバ!」
開口一番、俺は叫んだ。普段クラスでも口を開かない俺から十分な声量が出たのを見て、会場全体がざわつく。五十人の視線が、俺を貫く。
「平井のジャバラバ、やらないならば」
詩のボクシングは、声と言葉の格闘技である。二人の朗読ボクサーが交互に自分のオリジナル作品を出して表現し、観客あるいは観客の代表であるジャッジがどちらの声と言葉がより聞き手の心に届いたのかを判定するものだ(詩のボクシング公式HPより抜粋)。
「皆に土下座、一緒にトゥゲザー」
土下座の構え。二組のクラスメイトとディベート部の連中からは笑いが溢れる。
「連帯責任、増えるぜ罪人」
俺はあたりを見回す。何かを察したのか、皆、固唾を飲んで見守っている。
「課題を素直にやれないのかって? 富岡高校、落ちてきた
ダウンダウンのところで左手人差し指を下に何度か指し示し、ダウンタウンでは左手人差し指を天高くまで突き刺す。
「成績は最底辺、授業の進度については行けへん!」
下手くそながらも韻を踏む俺に手を叩いて喜ぶクラスメイト。
「平井の野郎、言ったジャバラバやろう」
先生の顔を伺っていた女子も、野郎というフレーズに、ついに鷹岡がぶっちゃけたと見て、一気に吹き出す。ここまで来たらもう自棄だ。最後までいってやろう。
「単語を覚えて数字をとって、俺たち先生の操り人形! そんなの! 何が! 楽しいの?」
ここは、丁寧に一つ一つ、単語を噛みしめるように言葉を刻む。
「人生だって回り道だって、皆同じ道じゃ交通渋滞」
指をわさわささせて、人混みを表現。
「ここ、本当に俺の道? 押しのけ押しのけ狭い道。見えなくなってたこの先は未知」
自分を指し示し、分からないと言ったジェスチュア。
「赤点から逃れるだけの毎日に、いつしかなくした好奇心。つまらん授業は机で就寝」
俺は机で寝るような仕草をする。
「大学→就活→いい会社って、一方通行。信じた大人を信じた子どもが機械みたいにレ
ーンに載せられ出荷されてく様はまさにGAME OVER」
指で鉄砲を作り、クラスメイトを撃ち抜く。
「生徒の自主性、任せろYOU SAY 俺たち現役ゆとり世代」
詩のボクシングは観客の心を打たなければならない。今の観客は目の前のクラスメイトと先生。だが、誰が目の前にいても関係ない。
「俺らに自由に勉強させろ! ジャバラバジャバラバ平井のジャバラバ!」
ポエムとか、詩のボクシングとかは分からない。だけど俺は、俺が言いたいことを言いたい!
「SAY!?」
皆に俺の言葉を反覆するように合図する。
「ジャバラバ、ジャバラバ、平井のジャバラバ」
突然の合図に戸惑いつつも反覆するクラスメイトたち。
「もっと大きな声で!」
俺は全力で叫んだ。俺の叫びに呼応したのかクラスメイト全員、檜山先生とその他引率の先生までもが大合唱する。
「ジャバラバジャバラバ平井のジャバラバ!」
会議室全体が、皆のジャバラバコールで震えた。
――試合終了のゴングが鳴る。
ゴングが鳴った後も、会場の熱はしばらく冷めなかった。会場を包む大きな拍手が、肩で息をする俺を迎えた。
「あれ、終わった」
俺の口から言葉が漏れ、急に素に戻る。道化も何もない素の自分が、衆目に晒されているという事実。襲いくる羞恥心。自分に大丈夫と言い聞かせ、道化を演じ、作り笑いをする。平井の方は見たくない。
「それでは、審査に移ります!」
檜山先生がマイクを手に声を上げる。会場全体が固唾を呑んで見守る。
よし、言いたいことは全部言った。まあ詩とは程遠い内容だったが、大きい声が出せたので良しとしよう。審査は、観客の拍手の大きさで決まる。おそらく負けるだろうが、ここで負けても悔いはない。
「鷹岡の詩が良かった人!」
次の瞬間、会場が、震えるほどの歓声と賛辞の声に包まれる。――見渡す限りの拍手の嵐だ。
「勝者、青コーナー、鷹岡!」
檜山先生が俺の手を掴み上げコールをする。会場は、更に大きい歓声に包まれる。
俺は、平井を見る。平井は、苦笑いで手を叩いていた。
合宿での詩のボクシングは時間の関係上、五十人全員の試合をすることが出来ず、一回戦以降の残りの試合は、十月に行われる学祭に持ち越されることになった。
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