第27話 明日への飛び方
「二回戦の相手は、チームウミガメか。小学生だからといって、油断はしられんなよ。厨時代!」
私は、敗者復活戦で勝ち上がった厨時代の三人を見ながら、驚きと高揚感で手に汗を握っていた。正直、泣きそうだが、ここで泣くのはまだ早い気がする。
「その通りです。彼らは僕の優秀な生徒たちですからね」
誰にも見えないように小さくガッツポーズをしていると、私の席に、中肉中背で黒縁の眼鏡をかけた男がやってきた。
「お久しぶりです。
湯墨先生に会釈をすると、隣の席に座っている『錆びた釘』の
「お元気でしたか。
湯墨先生は私の隣に座り、懐かしそうに目を細めた。お互い大学の同期で共に教員採用試験の勉強をしていたこともあり、何度か話したことがある。最も、湯墨先生は小学校の教員になるために国算社理の主要科目と体育、音楽図工、家庭科のサブ教科の対策も含め勉強が忙しそうだったのを覚えている。
私は私で高校の国語教諭になるため、より専門的な知識を求めて大学院への進学も考慮したカリキュラムを組んでいた。しかし、運良く
「湯墨先生の生徒たち、詩をよく練り上げていますね。テーマが平和ですか。小学生にしては、なんとも社会的な。確か、先生は国際経済論の社会平和ゼミでしたっけ」
私がそう言うと、湯墨先生は嬉しそうに頷いた後、ふんふんと鼻を鳴らした。
何回か話しただけとはいっても、教師の世界は意外と狭い。人間関係の噂は厭でも入ってくる。大学を出た後、他県の小学校に採用され、同じ県に配属された大学時代の後輩にストーカー紛いの事件を起こしたとか。
幸か不幸か、彼の親がどこぞの校長先生をしているとかどうとかで問題は有耶無耶になったらしいが。総評すると、この人は、いわゆる構ってちゃんなのだ。わざわざ私のところに来たのも、自分の生徒を自慢するためだろう。
「そういう檜山先生は、中国史でしたっけ。漢詩を勉強されていた分、指導に有利だったでしょう。彼ら厨時代の作品も檜山先生監修なんですか。初戦からなんとも個性的な詩? でしたね」
湯墨先生はいやらしいニヤケ顔を浮かべている。昔から、競争主義というのか、どこか正解を求めているような節があり、私はこの男が好きではない。
「いや、私は彼らの自主性に任せています。
「なっるほど! 放任主義ですかね! そんなので、生徒はまとまりますかね」
「湯墨先生。その言い方はないんじゃないかと。檜山先生にも考えがあってのことで」
湯墨先生は悪気はないのだと思うが、よく口を滑らせる。人との距離感を測るのが苦手なようだ。案の定、横前先生が小さい声で諌めたが、私の生徒にここまで言われてしまってはたまったものではない。私は半笑いになる。
「そういう湯墨先生こそ、詰め込み教育ですか。小学生の割にはやけに大人ぶった詩を読みますね。一回戦なんか、同じ小学生の対戦相手にあの詩をぶつけて。審査員は理屈臭いあなた方を選びましたが、私はもう一方の子たちのほうが子どもらしくて好きでしたよ」
湯墨先生の顔を見ると、案の定、顔を強張らせていた。
「社会に出ていくにおいて、知識がある分には何ら不足はありませんからね。その知識を責任持って生徒に教えるのが教師のあり方ではないのですか。理屈臭い? 子どもらしくない? 結構なことです。子どもは大人の背中を真似て育つものです。僕は、生徒たちに寄り添いながら正しく飛べるようにレールを引いてあげることこそが大人の役割だと思っています」
湯墨先生は得意げにそう答えた。二人の気迫に、横前先生はアワアワ言っている。
やれやれ――。私は気付かれないように、小さくため息を吐いた。
「生徒に寄り添い、飛び方を教えるのも大切なことです。しかし、私は生徒たちが自分なりに考えて、自分の飛び方を身につけることこそ大事だと思っていますので」
「間違った飛び方でもですか」
間髪入れずに湯墨先生が詰める。
「あ、先生方、次はお二人の生徒さんが出ますよ!」
横前先生が割り込んできた。
リングの上では、レフェリーが赤青両コーナーの選手を紹介し終わり、試合開始のゴングが鳴った。
「間違っているかどうかは見てみてください」
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