第7話 散れ、憎きジャバラバ
「青コーナー、
会議室の奥には、縦と横が一辺五メートルほどで高さが五十センチの木の台が置いてある。その上には選手が座る椅子が二つと、二つの椅子の間に発表用のマイクが置いてあり、それを囲むようにして六十人の生徒と先生数名が体育座りをしていた。
日が落ちるのが遅い、ヒグラシが鳴く八月初頭、富岡第一高校は夏休みだ。
俺たち一年二組と一組の特進コースは高校近くの青少年の家で夏合宿の真っ最中。夏合宿の宿泊地である
『玉くしげ
『
この二つの句が二上山を詠んだ中でも有名な歌だ。歌の中にも鳥が出てくるように、山にはモミジやクヌギの木が生い茂り、ウグイスの鳴き声が響き渡る緑豊かな土地だ。青少年の家にマイクロバスで来る最中、落葉樹林の根本に、イワタバコやウバユリ、ネムノキなどが群生しており、舗装されてはいるが曲がりくねった山道は、対向車がいないほど、人気が少なかった。
「鷹岡、準備はいいか?」
マイクを持って棒立ちの俺に、合宿での詩のボクシング主催である檜山先生が心配して声をかける。俺のズボンには、くしゃくしゃになった白紙の紙が一枚。俺は一ヶ月間、詩のボクシングの試合をYouTubeで観たり、ポエムの意味をWikipediaで調べてみたりしたが、一遍の詩も書くことは出来なかった。
ねじめ正一と谷川俊太郎の対決は、詩人同士が世界観溢れるナンセンスな詩を披露しており、素人の自分では全く参考にならなかった。また、ポエムは現代詩(大衆詩)を表すことが一般的であり、相対主義や競争主義の観点から詩的境地の何たるかが分からないと書けそうもなかったので、夏休み前半は結局のところマリオを行うことに終止したのである。
そもそも、俺より前に発表したクラスメイトの様子を見るからに、ポエムにして伝えたいことなど早々あるものではない。皆、結局、詩らしい詩は詠まず、日記のような報告だとか、ただそれらしく文字を繋げた言葉の羅列を小さい声で繰り返すに留まるのだから、この詩のボクシングというイベントは計画に不備があったのではないかと
しかし、このまま無策では規定の三分間、皆の晒し者になるしかなく、俺と接点の少ない一組はまだしも、日頃からジャバラバで俺の連帯責任を受けている二組の連中は、罪人に石を投げるキリストの如くここぞとばかりに非難や罵倒を浴びせてくるだろう。それに俺は耐えられるのか。日陰者でナメクジみたいな人間性の自分をこの夏の日差しの元に引っ張り出しておいて。干からびてしまうぞ。前回の土下座も何事もなかったように行ったが、実際は道化を演じることで自尊心が
緊張から、情報が処理しきれないほど、俺の頭で思考が錯綜する。
人間ここまで追い詰められると、思い出が走馬灯のようにぐるぐると走りだすものなのか。ああ、何故か無性に腹が立ってきた。そもそも、俺が二組の中で発言権がないほど立場が悪くなったのは、元はと言えば平井が悪いんじゃないか。
特に先月の平井はヤバかった。
「お前はクラスの皆に迷惑をかけているんだよ」なんて。
俺はただジャバラバをやらなかっただけじゃないか。連帯責任の制度を決めたのは平井だろ。更年期が俺を黒板の前まで引っ張り出して土下座をさせやがって。
しかも俺が土下座をしたのに、何が気に食わなかったのか俺を教室から出し、隣の空き教室に監禁しやがった。
結局鍵はかかってなかったから次の美術の授業には出られたけど、帰ってきたら俺の荷物を中においたまま空き教室に鍵をかけやがって。いち教師である平井如きが生徒の勉強機会をたった一枚の紙ペラで奪っていいわけないだろ。こっちは私立の高い授業料払ってるんだぞ。片親ぞ?
あー、もう堪忍袋の緒が切れた。こうなったら平井のあることないこと悪口言ってやる。この場であいつへのフラストレーション吐き出してやる!
「いけます」
俺は、檜山先生から差し出されたマイクを握った。
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