第40話 光の三分間
泣いても笑ってもこれが最後、錆びた釘から、空が落ちてくるような青春を浴びせられ、完全アウェイの中での発表を強いられた俺たち三人は、それでもなお、最後までやり遂げることを覚悟した。しかし、おそらく制限時間の三分は既に経ってしまっている。そのうえ、俺たちが試合前に打ち合わせることができたのはバレンタインデーの詩だけだ。ここから先は正々堂々、その場の空気で声と言葉を操縦する即興詩の時間、何が起こっても不思議じゃない未知の領域だ。
「私の名は青春のエスペランサ。医学部を目指して日々勉強中の身、今日は、夏祭りに来た!」
中島が、前に出る。リョウエイから中島への
「ヤツめ、正気か? 学年トップではないくせに、随分と余裕の表情だ。医学部に入るためには、高校三年間の勉強では足りないかもしれないんだぞ! こんなくだらないことに貴重な時間を費やして、お前、勉強しなくてもいいのか?」
俺はセリフに情感を込める、会場に中島の設定を伝える役割、そして、勉強しなければいけないのにサボって夏祭りに来たという若者特有の開放感を演出する!
「ふっ、エスペランサの意味を知っているか」
中島は普段見せないしたり顔をする。
「どういう、意味だ……?」
「――希望だ」
中島がリョウエイを真似てジョジョ立ちをする。慣れていないせいか、ポーズの取り方がどこかあどけない。リョウエイも中島の鏡対象でジョジョ立ちだ。こちらは妙に板についている。
「希望の意味をはき違えている、その自信は慢心だ!」
「それに、独り寂しく殺伐と、彼女がいない夏祭りで何をするっていうんだ!」
リョウエイがジョジョ立ちを解き、全力で叫ぶ。いや、これは心の底からひり出された嘆きだ。
「いや、今日は私も女と来ている」
勝ち誇ったように、高らかに宣言をする中島。
「何だと! 俺たちに彼女はいないはずだろ?」
「さては貴様、我に内緒で――いったい誰なんだ!」
リョウエイが中島に掴みかかる。さっきまでモテない男の連携を見せていた厨時代が仲間割れ、その光景に会場に緊張が走る。
「それは――」
「それは――?」
生唾を飲む音。
「お母さんだ!」
中島が得意満面な顔でそう言う。
「お母さんかよ!」
リョウエイがダイナミックにずっこける。会場が笑う。
「浴衣ではしゃぐ母の顔、クラスに言い訳これ親孝行」
中島は、演歌歌手のごとく、こぶしを利かせてリングの中心へとしなりしなりと飛び出した。
「いい息子!」
中島の後ろから俺とリョウエイの合いの手が入る。
「打ち上げ花火、俺だけワナビー」
俺も負けじとラップで参戦する。
「空に轟く花の下、二人隠れる橋の下。消えた囁き、俺は照り焼き。恋実る二人、死を祈る独り」
「来年は、彼女出来ると良いねって、親孝行した母に刺される」
五七五調で参戦するリョウエイ。
「真夏の夜空に打ち上がれ、私のトゥマイハート」
中島はまるでアイドルのように、天井に向かって人指し指を振り上げる。
「ひゅう~、ぱぁん!」
リョウエイが打ち上げ花火の真似をする。
「たまや~」
中島が思い出に、力強く手を振った。静まり返る会場。観客たちが、夏の終わりの余韻に浸っているようだ。
「――こうして、俺たちの夏は終わり、冬がやってくる!」
数舜でも間を空けるとゴングを鳴らされかねない。中島が言い終わらないうちに即座に俺がフォローに入る。これで、最後だ。俺は感傷に浸る二人を尻目に、決戦の火蓋を落とす。
「宿題やらない、友達はいない、教師の思惑、教室に迷惑。土下座をトゥゲザー、そんな俺の名、ロンリーファントム」
ラストスパート。詩の開幕に畳みかける、俺の全力ラップ。
「独りっきりのクリスマスパーティー、俺たちサンタに何願う!」
「友達!」「彼女!」「医学部切符!」
「妄想暴走まさに戦争。冴えないぼっちの明日はどっちだ」
明日はどっちだのリズムに合わせて右、左と俺たち三人は人差し指で指し示す。合図もなしに最高に気持ちよくシンクロした。
「厨二抱えて、繰り出せダウンタウン」
「モテない俺たちかつてない閃き」
「二人の聖夜はシンデレラの城、十二時過ぎても解けない魔法」
「ホテルの行列、見てるの強烈」
「昂ぶる情熱、並ぶぜ行列」
「並んじゃだめだろ! おうちへ帰ろう!」
リョウエイが跳ねる。中島がツッコむ。俺が全力のラップを披露する。
「ちっぽけ星屑集めた俺たち、孤独な誰かのサンタになれるかい」
「いやいやせいぜい赤鼻トナカイ」
「厨二な三バカ、無為のから騒ぎ! 老若男女の記憶に残りたい!」
「はかなく散ってく星の一瞬、それでも誇れる俺たち青春」
「「「これが俺たち、厨時代!」」」
俺の合図で、みんな、照明に向かって腕を上げる。制限時間を過ぎてから三分間。今度こそ、やり切った!
「「「俺たちの叫びを聞いてくれて、ありがとう!」」」
目の前には、立ち上がる観客たち、そして、会場が震えるほどの万雷の拍手と温かな笑いが俺たちを包んでいる。
俺の体は肩で呼吸をしている、心臓が鳴っている、暗かったはずの視界が、あたり一面、輝いて見える。俺は、この一瞬を永遠に味わっていたかった。
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