第31話 いい先生だね

 第二回戦。厨時代とチームウミガメの発表が終わった瞬間、会場は、拍手に包まれていた。中島、リョウエイ、鷹岡が両腕を高々と上げ、力強い雄叫びを会場に轟かせたのを見て、私は「そうか」と、不意に口にしていた。

 隣の湯墨先生は一瞬の苦笑いをしたあと、負けても気丈に振る舞うウミガメたちを優しい目で見ていた。

 横前先生はこちらに向けて、おたくの生徒さんやりましたねと、ガッツポーズを見せた。


「先生、負けちゃった!」

 結果発表の後、舞台裏から抜けてやってきたチームウミガメは、元気よく、湯墨先生の元へとやってきた。

「悔しい?」

 湯墨先生は三人の顔を見渡した後、そう言った。

「うん、だけどね」

 そう、力強く返すのはリーダー格であるワンピースの女の子。他の二人は、目に涙を浮かべている。

「凄かった!」

 チームウミガメで唯一の男の子が涙を拭ってそう答える。他の二人もうんうんと首を振る。

「この人は、厨時代の先生だよ」

 湯墨先生が私を紹介する。三人は頭を下げる。よくできたいい子たちだ。

「凄いね、チュージダイ!」

 大人しそうな女の子が澄んだ目でそう言う。その一言に、年甲斐もなく胸が熱くなった。凄いだろ、私の生徒は。そう心のなかで叫んで、静かに微笑み返した。


「もう時間だ。新幹線に遅れるよ」

 湯墨先生が席を立ち、腕時計を見て言った。

「学校と、保護者とは、試合に出させてもらうという約束で東京遠征を承諾してもらったんです。試合に負けた以上、帰らないといけません。なので、少し早いですが、これで」

 湯墨先生は不思議そうに見上げる俺たちにそう説明し、ウミガメの三人に促した。三人は、一向に歩こうとせず、もじもじしている。

「先生、お願いがあります!」

「最後まで、試合を見ていきたい、です!」

 ウミガメは、湯墨先生に懇願した。話の中で、三人は主体性を持って何かをやりたいと言ってくれないと湯墨先生がぼやいていたが、ちゃんと言える子たちじゃないか。

 生徒たちの反応に一番驚いているのは湯墨先生だ。そこで、先生が口を開こうとすると、ワンピースの女の子が先んじて言葉を発した。

「お願いします! もし、問題があるのなら、私たちから家に電話して説得します!」

 女の子に続き、二人もそうだそうだと肯首する。それを見た湯墨先生は、泣きそうになりながら、

「じゃあ、もうちょっとだけ見ていこうか。学校と保護者の皆さんには僕から何とか言っておくから」と言った。

 子どもたちの顔がパアッと明るくなる。

 言えたじゃないか。私は、そう心のなかでつぶやいた。

 例えこの先どんな苦境が待ち受けても、自分で道を切り開いていければ、きっと、チームウミガメは大輪の花を咲かせてくれるだろう。そう思った。

「いい先生だね」

 私は、それぞれ三人の頭を撫でた。

「「「うん!」」」


「それでは、檜山先生、横前先生。僕たちはあちらの席で見ています」

 湯墨先生はそう言って会釈をし、生徒たちと一緒に少し離れた後ろの席へと歩いていった。

「きっと、今日の経験は、生徒たちにとってかけがえのないものに」

 横前先生は笑った。

「檜山先生、いいですね。生徒たちの成長を間近で見るっていうのは。本当に、先生になってよかったです」

「本当ですね。本当に、いい生徒たちやちゃ」

「ウチの“錆びた釘ラスティッドネイル”も、これまでにないくらい素晴らしい発表をしてくれている。人が、自分の殻を破ってまた一段と大きくなる姿を傍で感じられるのは、教師冥利に尽きるですよ」

「そうですね。本当にありがたいことやちゃ」


 厨時代の次の対戦相手は本大会最高齢のチーム“則天去私そくてんきょし”。厨時代がどんな発表をしてくれるのか、私は、ステージの端でもう緊張せずに話し合っている三人を見ながら、楽しみだなとしみじみ感じていた。

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