第15話 最終兵器

 国際会館セレネで行われる声と言葉のボクシング地区予選大会。黒部高校のチームに続いて、富岡第一高校のBチームの発表が終わった。

 優等生の前場と星井、そして柿里のイケてるメンツが繰り出したキラキラポエムにより、瀕死の重傷を負った俺とリョウエイだったが、中島の機転により何とか体制を立て直し、自分たちの発表へと望むこととなった。


 黒部愛満載のホームを活かしきったチームと人生楽しそうなイケてる奴らに勝つために俺たちが放つ最終兵器とは何か――。


 俺ら三人はレフェリーに促され、会場の中央に立った。

 戦略は一つ。俺ら三人は一人一人、別々の詩を詠む。その上、俺らはこの日まで、お互い詩を知らない。これは、中島が考えた戦略だった。


 俺はイイノホールへ向かうバスの中で渾身の詩を書いていた。そして中島はいつもの如く即興詩で戦うらしい。リョウエイは――まあ、いつもの通りのようだ。

 ただ、一見バラバラなようではあるが、一つだけみんなで決めたことがある。


 ――人に聴かせる詩を考えてくる。それが、みんなで決めた宿題だった。


 それぞれが打ち合わせもなしで考えた詩が吉とでるか凶とでるか。

 ツキは? 覚悟は? 揃ってなくてもやるしかない。

 さあ、今、この会場は俺たちにとって完全アウェイだが――そんな状況を楽しんでいる自分がいる。

 俺は、思わずほくそ笑む。


 ゴングが鳴る。

 まずは俺の番だ。大きく息を吸う。

 俺の切り込み役としての使命、それは――。


「ヒゲ――」


 絞り出すように、確実に言葉を放つ。

 半ば義務感で来ていた役所の大人たちは、一人の男子高校生から発せられたヒゲという言葉に、一瞬反応したかに見えた。


「ヒゲ、ヒゲ、ヒゲ」


 ヒゲへの憎しみを込めてヒゲを連打する。

 俺は剛毛で毛深いのだ。狂ったようにヒゲを連呼する男子高校生を、会場全体が固唾をのんで見つめる。

 そう、俺の役目は、会場全体の空気をこちらに向けることだ。


「抜いても抜いても生えて来やがる」


 俺が中学に入った頃から悩まされてきた剛毛という問題を、情感込めて表現する。


「何でこの世にヒゲはある?」


 男だけではなく、女もムダ毛の処理は面倒だと思っている。これは、仕事に行く前の母さんを見て確信したことだ。

 そして俺は、この詩に共感と意外性を取り込んだ。

 一見誰でも感じている面倒なムダ毛の処理という問題を、大人しそうな男子高校生が全力で叫ぶ。広く受け入れられる土台がありつつも、イメージのギャップでスパイスを利かせる。人に聴かせる詩というのは、俺はこのことを言うんじゃないかと考えてきたのだ。


「朝のひげ剃りは面倒だ。いっそのこと、この世から全てのヒゲがなくなってしまえばいい」


 俺は、詩を詠み進めるごとに体の中が熱くなっていくのを感じた。熱は、言葉に伝わり、会場を震わせる。

 それは、詩というよりかは一人の男が発する魂の叫び。


「ヒゲヒゲヒゲ。みんなそろってつるっぱげ!」


 最後にヒゲがない世界を観客に提示して終了。

 これで、観客は俺たちを向いた。見る限りでは、会場からぽつぽつと笑い声が聞こえる。

 さあ次。息つくまもなくリョウエイのポエムだ。リョウエイは学祭の時からぶっ飛んでいた。会場が暖まった今、リョウエイの濃い詩が受け入れられる土壌は整った。さあ、ぶっ飛べリョウエイ! 今宵、パンドラボックスが開かれる!


「僕が今日の流れ星に三回願い事を唱えたとき、君もこの星空を見ているのかな☆」


 ん? これは……何だ!? 俺の疑問に呼応するかのように、会場もざわつく。

 内容的には恋愛だ。しかし、言い回しが粘っこい!!

 イケてる奴が恋愛の詩を詠むのとリョウエイが詠むのとでは何かが違う。リョウエイのは何か、不審者の詩だ!

 背筋に悪寒が走る。恋愛の詩で、俺は恐怖を感じている。


「君は僕の心を撃ち抜いたシューティングスター☆」


 やめろ、それ以上は俺の心が持たない――。ああ、負けた。リョウエイの絶望的な詩で、会場全体が地獄絵図に――。

 いや、ちょっと待て、様子が変だ! 会場全体が笑いで包まれている!? 身内なら小首を傾げるような詩も、知らない人から見てみれば評価されるような詩なのか?

 檜山先生の顔を見ると、腹を抱えて笑っている。

 そうか、これがキャラか! いじられキャラが全力で自分を出すと、愛嬌も加わって可笑しみが生まれるんだ!

 よし、これで会場のボルテージはマックスだ!

 俺は、思わずガッツポーズをした。


 リョウエイの詩で、会場からひとしきりの笑いを引き出した後、続いて中島がマイクを握る。


「月曜日はタンスの角に小指をぶつけた――」


 イタイイタイイタイ! 中島が悪ノリでリョウエイに被せてきた――! これはイタいでも、リアルな方の痛いだ!

 中島は、月曜日から日曜までの一週間であった痛い出来事を詩としてまとめてきている。

 中島の放つ言葉に、観客たちも苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 俺たちは、良くも悪くも会場をかき回していた。

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