01-3 我が名は、カントム

 それは、街外れにあった。

 フェンスが囲む軍敷設の図書館に。


 木々をあしらったシートで偽装されていたが、「そこにそれが在る」と知っているコムロ少年には、発見は容易だった。


「あった……」

 コムロ少年は意を決して施設内に走りこむと、周りに人が居ない事を確認してから、シートを急いでめくり上げた。銀色の、金属の肌が少しだけあらわになった。


「ここか?」

 人型の巨大な金属。その「心臓」の位置に、人間が潜り込める程度のハッチがあった。コムロは迷わず滑り込む。


 ハッチ内部には、機器やメーターがビッシリと配置されていた。その中央に、自動車の運転席の如きシートが鎮座していた。


 そのシートにコムロが座ると、胎内と外界とをつなぐハッチが自動で閉まり、明かりがブオンと点いた。そして、機械メカ類のアイドリング音が、低く唸りはじめた。


「すごい! このエネルギーゲインは、曲線にするとy=x^3だ。指数関数的に伸び上がる!」


 操作系統を確認するコムロ少年。


 操縦シートの前方に操舵レバーがあり、また、車のアクセル、ブレーキの如きフットペダルも見つけることができた。その他にも、色々とありそうだが、詳しく確認している余裕は、コムロ少年には与えられなかった。


 なぜなら。

 敵機と思しき、人型の巨大な塊が、青空の下を飛んでいるのを発見したからである。


 その巨大な塊は弧を描くようなコースを取り、高度を下げてきているように、室内モニタ越しには見えた。


「まずい!」

 コムロがそう言いながら、操舵レバーをガチャガチャと動かすと、コムロから見て右側前方のモニターが点灯し、その辺りから、低い癒し系ボイスが聞こえてきた。


『我は、何者ぞ』

「なっ?」


 困惑しつつ、レバーをさらにガチャガチャ、フットペダルをフミフミするが、コムロをその内部に抱えた金属の巨体は、動き出す気配が無い。


『我は、何者ぞ』


 こんな状況で、どうやら問答が開始されたらしい事を、コムロは悟った。


(敵が来ている。急いで答えなくては!)


「機械だろう。それ以外にあるのか?」

 そう、投げつけるようにコムロが言うと、癒やし系ボイスが応えた。


『機械は、我が本質ではない。また、人間でもない』


(なん、だと?)

 フットペダルを思いきり踏みつけながら、コムロは返す。


「なんだよお前! 敵が来てるんだぞ! 父さんを殺した奴らが! モラウを守らなくちゃいけないんだ! 早く動いてくれよ!」


『我に、経験は無い』


(そうか!)

 コムロの脳髄に、電気スパークのような天啓が、ピカカキ! と訪れた。


 コムロは朗々と答えた。

「汝は、哲学的ゾンビか!」


 哲学的ゾンビ。それは。


<外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、内面的な経験クオリアを全く持っていない人間>


 を指す概念だ。


『正解だ』

 癒やし低音ボイスが響き、金属の巨体が、大きな振動を立てつつ、動き始めた。


「た、立った。ゾンビが立った……」

 思わずそうつぶやいたコムロの心には、疑問が生じていた。


(しかし、金属でできたこの巨体、には全くもって見えないんだが?)


 哲学的ゾンビの定義問題にハマり、思考の殻に閉じこもりそうになっているコムロ少年に、巨大な人型の金属塊は、低い癒し系ボイスで告げた。


『我が名は、カントム』

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