第6章 神の死

06-1 夢見草の旗

「見えてきたね、コムロ」

「そうだね。戦艦が、あんなに集まっている」

 戦艦ハコビ=タクナイの展望窓から、コムロ少年と少女モラウは外を覗いた。


 すると、大小様々な戦艦が、宇宙空間を遊弋ゆうよくしているのが見えた。

 その戦艦の群れは、小惑星に設けられた基地へ向かって整列しつつあった。

 まるで、電車から降りた乗客が、エスカレーターに殺到するが如く。


 惑星フィロスフィアからの逃避行を続けてきたコムロ達は、友軍との合流を、ついに果たしたのだ。


「艦長、入れ替わりで入港し、補給を済ませた後、指定のポイントに方形陣展開せよ、とのことです」

「基地の収容能力はたかが知れているから。ともあれ、ようやくここまで来れた」

 丸顔のキモイキモイ艦長は、ブリッジをゆっくり見渡した。


「本艦の補給の間、半日間の自由行動を許可する。決戦の前に、英気を養っておくように」

 のっぽの副官、ビヨンドのその指示に、丸顔の艦長キモイキモイは目を閉じて頷いた。


「脱力も大事だからね、みんな」

 艦長はそう言って、指揮シートの座面から滑り落ちた。頭だけが座面に乗っている。


「あーーーーーーー」

「つかれたーーーーーーーー」

「もう戦わんでええんちゃうのーーーーーー」

 キモイキモイは口をパカリとあけて、愚痴を一気に吐き出した。


 なぜなら、それが許される状況安寧を、ようやく手に入れたのだから。


「艦長、皆がみてますよ」

 ビヨンドが生真面目そうな顔で言うが、キモイキモイは意に介さない。


「いいのーーー。脱力タイムなんだからーーー。指揮官がピリピリしてるとみんなも休めないでしょーーーーあーーーーー」



「艦長さん、かわいい」

 マチダ中尉が首をかしげるようにして言い、長い髪がほわっと揺れたその途端。



「あーーーーー!」

「つーかーれーーたーーー!」

「たたかうとかーーーーまじむりーーーー!」

「てつがくしゃめんどくせーーーーーー!!」

 ブリッジの男性陣が、一斉に脱力を始めた。

 マチダ中尉をチラリチラリと見ながら。


「まだるのーーーーーー?」

「マチダさーーーん!」

「ごはんたべにいこーーー!」

「マチダさーーーーん!」

 半日休暇を利用し、あわよくばデートに持ち込もうとする男性乗組員クルー達。


 のっぽの副官ビヨンドは、嘆息して言った。

「お前達じゃ無理だというのに、まったく」



  ◆


 基地から直通の娯楽施設は、超大型のショッピングモールになっていた。


 基地のある小惑星ビバークは、ニョイニウムを採掘可能な惑星を探査する際の、拠点となっていた。そのため、小惑星内部は大きくくりぬかれ、大量の物資を保管できる空間と、探索者エクスプローラーが物資を調達可能な施設とが、設けられていたのだ。


「コムロ、あっちにクレープ屋があるよ? こっちは伸びるアイスだって! あっちは小籠包!」

 エリ付きシャツにリュック、ショートパンツにスニーカーという、動きやすさ重視の恰好をしたモラウ・ボウは、いつもと代わり映えしない普通の上下に身を包んだコムロの長袖を引っ張った。


「食べ物屋を見つけるのが早いね、モラウ」

「だって、しばらく軍用の非常食レーションが続いてたもの」


「ニョイニウムでも、食料までは産み出せないからねぇ」 

 と苦笑しつつ、コムロはモラウに、ミルクティーのボトルを買って渡した。


「私のチョイスは無視ですか」

 と、モラウはふくれっ面だ。


「違うよ、まずは飲み物を調達しただけ」

「食べたいのは、甘いものと、しょっぱいものだよ? 甘い紅茶を合わせるのはどうなの?」


「思考には、糖分が必要なんだよ」

 と言いながら、コムロはホットのほうじ茶を追加で購入した。


「考え事ばっかりしてるからだよー。ありがと」

 モラウはほうじ茶のボトルを受け取った。


「「「キャー!」」」

 少し遠くから、女性のいわゆる「黄色い声」が聞こえてきた。


「男性アイドルユニットのデビューイベントか何か?」

 偏見に基づく決めつけをしたモラウを連れて、コムロが近づくと、そこには人だかりができていた。女性が輪上に、誰かを取り囲んでいる。


「私にも、サインをお願いします!」

  「まぁいいけど。でも俺、ただの生徒搭乗者スチューロットだぜ?」

「先の戦闘で、敵モビルティーチャーを10機も撃墜したって本当ですか?」

  「数は数えてなかったなぁ」

「フロンデイア第2集団の窮地を救ったスーパーエースだって、みんな騒いでますよ?」

  「そうなの? 大げさじゃない?」

「アサクラ中尉は、付き合っている人とかいるんですか?」

  「えー、今はそれどころじゃないなぁ」


 アサクラ中尉と呼ばれた、輪の中心に居る美青年に、コムロは見覚えがあった。


「あの人……僕が戦艦で見かけた人だ」

「えっ? あんなかっこいい人、ハコビ=タクナイに乗ってたっけ?」

「どうだろう。発艦前のことだから」

「あー、乗組員にたくさん小突かれた、って言ってたよね?」

「そう、その時の人」


 歩きながらのコムロとモラウのその会話は、輪の中心に居る彼にはおそらく聞こえていないはずであったが、アサクラ中尉は、少年と少女の二人組に気づいた。


「お」

 と、アサクラ中尉は口を「O」の形にした。右手を上げかけ……


「じ、じゃぁもしかして、私が中尉と付き合えるチャンスもあるってことでいいですか?」

 取り巻きの女性が、直球を放り込んだ。


「どうだろ? 今は決戦前だから、考えがまとまらないなぁ」

 と、アサクラ中尉は苦笑していた。


 コムロとモラウは、「なんか、凄いモテる生徒搭乗者スチューロットがいる」という話をしながら、エスカレーターに乗った。

 

 屋上からは、夜空に瞬く星々が見えた。

 デートコースのような半日行動であったが、コムロはその間も、断続的に、考え事を続けていた。彼は時折、目が右上を向いたり、左上を向いたりしていた。


 少女モラウ・ボウは、それについては何も言わず、ただ横でアレコレとコムロに話しかけていた。この後に始まる事を、知っていたからだ。



 ◆



 ブリッジの指揮シートには、丸顔の艦長、キモイキモイ。


 横には、のっぽの副官のビヨンド・ザ・ソソソゴーン・ソソソゴーン・ソソソゴーン。


 マチダさんは、ほわっとした雰囲気を今はかもしてはいない。


 マチダさん狙いの乗組員たちも、今はキリッとした表情で、それぞれの席についている。


 ブリッジの下フロアには、通信士として、少女モラウ・ボウ。


 ブレインパワーチャージャーの中にはコムロ少年がいて、ギリギリまで、思考を、思考金属『ニョイニウム』に注入する。

 



「諸君。我々はこれから、自由を守る戦いへとおもむく。種々の価値観を持つ我々探索者エクスプローラーが、為政者の圧政を受けず、己が行動を完遂できるような、真の自由を守る戦いだ」


 艦の全体向け放送で、フロンデイア軍総司令、サノ=ケンザブロウの声が流れた。


「……ソレもまた、ノージックだけどね」

 BPCの中で、コムロはそうつぶやいた。


 敵軍リバタニアの基本思想は、リバタリアニズムという、「個人の自由」を重視するもの。前史地球の哲学者ロバート・ノージックは、その思想の代表格リバタリアンと言われていた。


 相争うリバタニア帝国とフロンデイア連合の間で、同様の主張個人の自由が、大義名分として掲げられているその皮肉に、コムロ少年は気づいていた。


 BPCに接続された機動哲学先生モビルティーチャーカントムは、低い癒し系ボイスで、コムロに応えた。


『参加と脱退が可能な様々な共同体。所属する者に共通するユートピアとして、最小国家を理解すればよい』

 と。


 コムロは、口をきゅっと閉じてから、言った。

「そんな国家、実現できるでしょうか? 僕だって、この戦いから逃げられないのに」


「全軍、発進!」

 サノ司令の号令の下、大小入り混じった戦艦群が発進した。


 艦隊が放出する推進の軌跡は、虚空に大規模な彗星群が出現したようであった。


 フロンデイア連合はそもそも、リバタニアの圧政を逃れ、辺境を探索する宇宙探索者スペース・エクスプローラーの混成であった。


 不揃いの戦艦たちに共通するのは、フロンデイアの旗。

 その旗は、新緑の地に描かれた、薄桃色の夢見草さくら


 資源開拓は、不毛のまま終わることもある。

 それも承知で、フロンデイアの民は、外の世界に夢を見る。


 咲く花も、散る花も、みな美しい


 そんな思想を視覚化した、無数のが、夜桜の如く咲き誇った。

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