02-5 非円滑コミュニケーション
炸裂が徐々に収まり、白煙が急速に消えていく。
――そこには、無傷のカントムが鎮座していた。
「な! な!」
「ピンピンしているだと?」
「あれだけ命中したのに!」
「集中砲火は、幾何級数的に攻撃力が跳ね上がるはずなのに!」
マイケノレ・サンデノレ隊の
◆
「カントム、健在! 損傷ありません」
不慣れな少女モラウのサポートに入った男性オペレーターが、そう報告する。
「あ、あれだけの集中砲火を食らって、無傷とは……」
ビヨンド副長は絶句していた。
「やはり。
長いセリフを吐きながら、指揮シートから立ち上がる、戦艦ハコビ=タクナイの艦長、キモイキモイ。
「私でも分かるようにお願いします」と、通信士のモラウ・ボウは言った。
「……ええと、ニョイウムで出来ている
「それはわかります、艦長」
「つまり、カントムに乗っている、君の幼馴染の方が、敵の
「ああ! コムロが面倒くさいことを、また考えているってことですね!」
「まぁ、そう言えなくもないんだが……」
◆
弾幕の止んだ間を利用し、ア・プリオリブレードを構えるカントム。
◆
「よし! モラウ通信士。コムロに伝えてくれ! 『敵陣中央に突撃して突き崩せ。できるはずだ』と」
「そんな。危ないですよ……」
「今がチャンスなんだ。長話をしてるヒマはない。伝えて!」
「わ、わかりました」
◆
艦長からの指示をモラウ経由で受領したコムロ・テツは、その意図を素早く、ほぼ正確に理解した。
「カントムが圧倒しているってことだね。ならば」
コムロはそう言うと、操舵レバーを前方にガチャッと入れる。
「カントム先生! この周りに居るモビル・ティーチャーの集団、その中央に突撃して下さい! 全速力での移動です!」
『中央。個体レベルの中央であれば、人間でいう、みぞおち付近となるが?』
「そうではなくて! 前方に存在する大量のモビル・ティーチャー達が3次元上での凹形を呈しているから、その凹形の中央部のことです!」
『ふむ、大量のモビル・ティーチャーが、あたかも存在しているかのように、我や、我が生徒コムロが、意識化でそう認識しているだけの可能性もありえる。存在とはそういうものだ』
「フッサール的な解釈は、この際どうでもいいです!」
ゲキッ!
ゲキッ!
オコッ!
オコッ!
業を煮やしたコムロ少年の思考に感応し、カントムを形成するニョイニウムが、「激おこ」の音を発した。
コムロは、フットペダルを勢い良く踏みこんだ。
「GOです!」
カントムの背面スラスターが、ドシュウーー!! 激しい音を立てる。
――そんな次の光景をコムロは予期し、加速度に備えるべく、足を踏ん張った。
◆
「コムロはカントムと、何を話してるんですか? まっったく意味がわからないんですが」
少女モラウは、多少考えた結果、それ以上の思考を放棄した。
「……ええと、な」
渋面の艦長、キモイキモイが、彼の理解できる範囲での説明を試みた。
「人は、自分が実際に生きていると『思い込んでる』だけかもしれない、という話をしているようだ。かつての哲学者、フッサールが提唱した理論だ」
「え? 生きてますよね? 実際に」
「目から見えるもの、耳から聞こえるもの。それらは実は、ホルマリン漬けされてプカプカ浮いている脳へと、信号として送られているだけかもしれない」
「なんですかそれ。キモいキモい」
「呼び捨てにするなよ……もしそんな、脳だけが液の中でプカプカ状況ならば、その脳は『自分は生きてる』って思い込むだろう。自分がその状態にある可能性を否定することができないっていう、まあ、そういう話だ。たぶん」
「コムロは、どうしてそんな、意味の分からない妄想を?」
少女モラウに、フッサールの理論を分かるように説明するのは、キモイキモイ艦長をもってしても難しかった。
◆
『……我が
カントムは、コックピットに座ったコムロ少年に語りかけた。
背面スラスターは推進粉を放出しない。フットペダルは踏まれているにもかかわらずだ。
「先生?」
『我が認識する世界における、あたかも前方に存在するかに見える多数の
「やっっっっっっと伝わった! そうです! お願いします!」
『ふむ。時にコムロよ。その行動の動機は、自律的であると言えるだろうか?』
「もう!! イマヌエル・カントの動機の解釈については、今はどうでもいいんですよ! 他律でも良いから! 移動してください!」
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