02-4 包囲を突破せよ!
フィーーーーヨン! フィーーーーヨン!
緊急コールが、戦艦ハコビ=タクナイの下部格納庫に響き渡る。
ブブブブブブ
ベルトコンベヤーの低い音が、緊急コール音に混じる。
モビル・ティーチャー・カントムは、ベルトコンベヤ床によって、射出台へと運ばれていた。
そこに走り込んできた少年、コムロ・テツが、勢い良く床を蹴り、無重力を遊泳しながら
コムロ少年の思考を受け、カントムは自らの形を、格納用の『イマヌエル形態』から、『戦闘形態』へと、モーフィングのように移行させていった。
格納用のイマヌエル形態は、やや荒い
一方、戦闘形態は機能重視。外形を構成する
緊急コールから2分18秒後。カントムが、戦艦ハコビ=タクナイ前方の射出台に到着。
「コムロ、発進、オッケーです!」
やや上ずったコムロ少年の声は、無線通信設備を介して、戦艦のブリッジへと届いていた。
「大丈夫? コムロ」
コムロ少年を担当する
「やってみる」
コムロは言って、フットペダルに乗せた足を緊張させた。
「出ます! 3、2、1、出ます!」
大事なことを2回言った後、コムロは、フットペダルを勢い良く踏んだ。
ボボボボボッ! ドシュウーー!
スラスターから推進粉を噴射し、戦艦ハコビ=タクナイの前方へとカントムは踊りでた。
その前方には、無数の光点。
モビル・ティーチャー・『マイケノレサンデノレ』の大軍であった。
前史の地球、米国の哲学者「マイケル・サンデル」の名を冠する、思考金属の塊だ。
圧倒的多数 vs 単機
マイケノレサンデノレ隊は、母艦に対し突出するカントムから一定距離で接近を停止。そこから上下左右へと陣形を展開していく。
凹形陣の3次元版のように、カントムと、その背後の戦艦ハコビ=タクナイとを、「多数の機体で宇宙に描く
◆
「なんて数なの!」
戦艦ハコビ=タクナイのブリッジでは、少女モラウが驚きの声を上げていた。
思わず握った、その手の赤い棒が、モラウの恐怖を感知した。その棒は、恐怖を和らげようとするかのように、「ズッチャチャズッチャチャズッチャチャー♪」と楽しげな音を発した。
「な、なに? この音」
「おお! その赤い指揮棒、ニョイ棒だったのか。モラウ君」
「ニョイ棒? なんですかそれ?」
「思考金属ニョイニウムで形成された棒だよ。何処から手に入れたんだい? そんな量のニョイニウム塊、民間人がおいそれと入手できるものではないのだが」
「コムロのお父さんからです」
「ホシニ先生の形見か。……いいだろう。その棒の携行を許す。今はごちゃごちゃ言っている時間も無いからな」
「は、はあ……」
モラウ・ボウは微妙そうな表情で答えた。
「この兵力差で進路を塞ぎ、半包囲か。逃がしてくれる気はなさそうだな」
艦長のキモイキモイは戦況をそう分析した。
ブリッジ中央の、桜の花びらマークの入った指揮シートには、艦長の動揺を気取ったのか、ほんのすこしの、カタカタという振動が見られた。
傍らの副長、ビヨンドは、努めて何も言わなかった。
◆
「一体何機いるんだ! いち、に、さん、たくさん、たくさん! もう沢山だ!」
カントムの
『マイケル・サンデルは、大勢の聴衆を相手としたディスカッション形式の講義を得意としていた』
カントムが、その低い癒し系ウィスパーヴォイスで語り始めた。
「そんな大人数を相手になんて出来ない!
――今必要なのは、哲学者の情報ではなく、今、目の前にいる敵の大軍の情報なのでは? と、コムロには思われた。
ジジャャススッッ!
カントムから一定の距離をとり、包囲陣形を完成せんとするマイケノレ・サンデノレの大軍は、一斉にその射撃用武器「ジャスティス・ライフル」を構えた。
「一斉に」とは言えこの大軍である。完全なタイミング同期は不可能だ。機体同士で、少々のタイミングズレは生じる。そのズレが、カラオケの「ユニゾン」――同じ歌を数回歌って音を重ねる、ハモリの1人バージョン――のように、構えるジャスッと音に対して、厚みを加えていた。
「正義は、統一された意志に従って完遂される。諸君。辺境の不逞な反乱分子どもを撃滅し、真国家リバタニアの正義を、この宇宙全土に示せ!」
マイケノレ隊を指揮する、ロング・リコグナズ小佐は高い鼻を膨らませ、その上に載った丸眼鏡を光らせて、部下に言った。
「「「「「「イエス、サー」」」」」」
マイケノレ・サンデノレに搭乗した
ドドドドドドチチュュウウウウウウ!
カントムという1つの「点」をめがけ、包囲陣を敷くマイケノレ・サンデノレ隊のライフル群から、多量の炸裂弾が放たれる。
――袋のカントム状態。
「カントム先生! 回避です! あと、ア・プリオリブレード!」
『回避とは? 何を対象としてどのように? また、我は、ア・プリオリブレードではない』
「また意思疎通の問題かッ! あちこちから飛んで来るものを、ことごとく回避して下さい! そのあとすぐ、ブレードを背中から出して、体の前方に構える!」
――どうやら、カントムは「回避」という概念は理解しているようだ。しかし、何を回避の対象とするのか、その明示が必要なようだ。
――また、ア・プリオリブレードを「どうするのか」の明示も求められていた。カントムとコムロの、言葉のラベリング一致作業は、まだ十分では無いようである。
「ぐうううう!」
シートベルトをしながら、前後左右に激しく揺さぶられる少年。
「コムロ!」
通信機越しに、モラウ・ボウは悲痛な叫びを上げた。
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