02-6 圧倒

『……議論は後の楽しみとするのだな?』

 カントムは哲学的思考を、ようやく思考の外に置いた。


 オイトイテーーーーッ。

 思考を脇に置き、敵へと意識を集中するコムロ。その思考に感応したニョイニウムが、そんな、激しい音を発した。


 ドシュウーーー!


 カントムの背面スラスターが、今度こそ現実に火を噴く。

 フッサール的な解釈に基づくと、現実であると人間が認識しているだけなのかもしれないが、火を噴く。


 ズドドドドドドドドドドド! 急加速―急加速―急加速―急加速―急加速  ドシュゥーーーー!  等速直線運動  


 ようやく行動を始めた機動哲学先生モビル・ティーチャーカントムのエネルギー放出は凄まじかった。


 実際、これまでの対話によって、かなりの思考エネルギーが、ニョイニウムに対して蓄積されたようだ。あっという間に「現時点での」最高速度へと達したカントムは、宇宙を真っ二つに切り裂くかのようなスピードで、敵の凹形陣の中央へと、突入して行った。


 ◆


「迎撃だ。中央集団は後退して敵を受け止める。両翼は前進。囲い込んだ後に、前後左右から一点集中砲火で仕留めろ」

 マイケノレ隊を指揮する、ロング・リコグナズ小佐は、常識的な対応を命じた。


「「「「「「イエス・サー」」」」」」

 マイケノレ隊メンバーの反応も迅速だった。即座にその集団行動を開始する。ライフルの次弾も装填済だった。


 急速接近するモビル・ティーチャー・カントムは、先刻の集中砲火を無傷で生き延びた後、突撃を開始するまでの間に、謎のタイムラグが見られた。考え事でもしていたのだろうか? マイケノレ隊はそのタイムラグを活用し、ライフルのリロードを行っていたのだ。


 そして、中央へと突撃してくる、単機のカントム。


 マイケノレ隊のリアクションは速い。カントムを取り囲む網のようにしなやかに隊形を変化させ、突撃してくる「点」を打ち貫くタイミングを測っている。事態は、まさにマイケノレ隊の予想通りに進んでいるかに思われた。


 ――しかし――


「くっ!」

「敵の突撃が、速すぎる!」

「こちらも全力で後退しているはずだ!」

「両翼が間に合わない!」

「うわああ! 食いつかれるぞ!」


 マイケノレ隊の運動速度と、カントムの突撃速度には、圧倒的な差が生じていたのである。


 モビル・ティーチャーの機体は、生徒搭乗者スチューロットの思考を源とし、これにより特性が変化する思考金属『ニョイニウム』で形成されている。 


 そのニョイニウムに対して注入された思考の差が、「速度の差」として如実に現れていた。戦艦ハコビ=タクナイの艦長、キモイキモイの読み通りに。

 

 そして、彼我の移動速度に圧倒的な差がある場合、速度に勝る一方が、自らが得意な「距離」を制する。


 ドシュゥーーーー!  等速直線運動  

 

 敵を包囲しての中距離集中砲火を阻まれたマイケノレ隊が、次の戦法を定める隙すら与えずに、カントムは敵陣中央へと肉薄!


「カントム先生。ア・プリオリブレードで攻撃を! 先生の目の前に居るモビル・ティーチャーに対して!」


『ふむ』


 突進の勢いを乗せるように、そして、風を切るかのごとく。

 ア・プリオリブレードが振りかぶられた。――そして――


 青きそのブレードが、敵へと振り下ろされる。


 プニョンプニョーン剣は鋭いはずなのに

 そんな音を立てて、真っ二つに切断される、凹形陣中央に位置するマイケノレ・サンデノレ。


『ぐああああああ!』

 モビル・ティーチャー・マイケノレ・サンデノレもまた、「やられた!」という概念を理解しているようであった。


 ――戦闘集団共同体の中の、位置ある自己situated selfが1つ、姿を消したように見えた。


「ふたつ!」

 敵陣に潜り込み、右方向へと旋回するように超高速移動するカントムの、内側から外側へと返す刀で、もう1体。


「みっつ!」

 蛇行するように超高速移動するカントムの、袈裟斬りの刀で、もう1体。


「もう沢山だ!」

 ワインコルクにコルク抜きが穿うがたれたかのように、完全に掻き回されたマイケノレ隊の中央を超高速で抜けていくカントム。


 そして、コムロの乗ったモビル・ティーチャーは。


 シュゴゴゴゴゴゴUターン音

 そのままの推力で、まるで球面の内側を滑走するかの如く、Uターンした。弧状にそのまま進めば、戦艦ハコビ=タクナイの在るポイントを通るであろう軌跡を描いて。


 ◆


「中央集団、被害甚大!」

「戦形が維持できません!」

「奴がまた来る!?」

「各個撃破されるぞ!」

 強炭酸水の刺激の如く、悲鳴が、マイケノレ隊の通信回路を飛び回り、スパークしていた。


 その炭酸の粒は、勝敗が決した事を、直感的に理解させるものであった。


「全機、散開しながら撤退だ。生存が最優先。生き残れよ、諸君」

 マイケノレ隊の指揮官、ロング・リコグナズ小佐は、その高い鼻上の丸眼鏡を手でくいっと直して、そう命令した。


 陣形を天頂方向から見た場合の、太字のU字形に「なりつつあったもの」は、まるで砂細工が風で飛ばされるが如く、飛散していく。


「指揮官たるもの」

 通信マイクを切ったロング少佐はそう短く独り言ち、カントムの正面から受け止めようと、マイケノレ・サンデノレのスラスターを噴射させた。


 シュゴゴゴゴスラスター噴射音


「このまま終わってなるものか。リバタニアの正義を」

 弧を描くカントムの軌跡を先読みし、最短距離を直進することで、移動速度の差を埋めようとするロング少佐。しかし。


 スオッすれ違い! ……ドッシュウウウウスラスター音


「なっ!」

 言ったきり絶句するロング少佐とその愛機マイケノレ・サンデノレに、青き刃を突き立てることなく、カントムは、去っていった。


 ウウウウウウゥゥゥゥゥゥ......残響音


 遠ざかる1つの光点を、呆然として見送るロング少佐。彼が眉をしかめた影響で、高鼻の上の丸眼鏡はわずかに浮き上がった。


「見逃された、というわけか。ははっ、情けないことだ」

 

 マイケノレ・サンデノレ隊という名の共同体を、長らく牽引してきた男は、こうしてこの戦いを生き延びた。


 ◆

 

 一方。


 帰艦コースに入ったカントムのロットコックピットの中には、操舵レバーから離した両手をじっと見つめる、コムロ・テツ少年が存在していた。


「人を……、生命を……、この、僕の手で……」


「モラウ達が。……とはいえ、これで、いいのだろうか?」


 コムロの逡巡に反応し、カントムを形成する思考金属ニョイニウムが。


 ゥワーンォゥチカエルー


 と、悲しげな高音を響かせていた。

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