07-5 提案
それは、一体のモビルティーチャーだった。
新たに現れた、宇宙に溶け込むような藍色の機体。その肩部分には、黄色い稲妻の模様があしらわれていた。
藍色に稲妻模様の機体は、制動スラスターをかけてカントムの横に並び、リバタニア軍の2機のモビルティーチャーと対峙した。
「いやぁ、間に合った。コムロ君」
藍色のモビルティーチャーの
「なぜ僕の名前を?」
言いつつ、コムロは、その男の声に聞き覚えがあった。
「先の退却戦を切り抜けた功労者。有名人だからね君は。自覚無いようだけど」
「そんな。アサクラ、中尉」
「おっ!? 君こそ、なんで俺の名前を?」
「補給基地d」
言おうとしたコムロの声は、残念ながら、別の声にかき消された。
「誰だお前は!」
全方向通信で、シュー・トミトクルが叫んだ。
「誰だお前も!」
全方向通信で、そのままそっくり返す、アサクラ中尉。
「だから、誰だお前は!」
再び繰り返すシュー。
「千日手……」
プティのその一言で、シューはハッとした。
「アサクラ中尉。この2機は手強いです」
「それはよかった!」
アサクラの声は弾んでいた。
「どういうことですか?」
「いや、こっちの話」
「いつまでしゃべっている!」
その攻撃を、藍色のモビルティーチャーはヒラリとかわした。、静かに、しかし急速に。
「速い!」
「この敵も、やる?」
プティとシューは驚愕した。
◆
1機のみと対峙することで、コムロは集中することができた。その結果……。
(この敵は、おそらく)
ジュッ!
カントムは、短いスラスター噴射で運動をピタリと止めた後、直線運動を長めにしたジグザグ軌道に沿って、ロックウェルに対し距離を縮める。
ドシュッ! ドシイイイイイイ! ドシュッ!
ロックウェルは、たどたどしくも、後退をジグザグに始めた。
「なんて吸収の速い紙だ!」
コムロは感嘆した。
「敵に褒められてもうれしくありません!」
プティの、コイルメットの中のポニーテールは揺れるのが困難であった。
「敵の練度が低いうちに何とかするしかないか。あるいは……紙の色が染まりきった後に!」
コムロには、どちらが適切な対策なのかを読めなかった。敵の思考吸収力がどの程度なのかを、完全には推し量れずにいたからである。
◆
「誰だお前は!」
ワレワレワー!
「だから、お前こそ誰だお前は!」
『絶対なる真理を、道具などと!』
デカルトンが激高した。
『役に立たない真理とやらに、なんの意味がある!』
デュイエモンも激高した。
(やるな、このリバタニアの奴は)
(やるな、このフロンデイアの奴は)
期せずして、シューとアサクラは同じような所感を得ていた。
しかし、言葉に出るのは、
「なかなかの思考の練りじゃないか! まったく誰だお前は!」
「そちらこそ、いい機動じゃないか! 誰だお前は!」
いまだに、双方の名乗りが終わっていない状態であった。
相手こそが先に名乗るべき、という、観念の罠にとらわれていたからである。
◆
「読めてきたぞ?」
コムロは、小さくつぶやいた。
「
『子供は白紙の紙であり、経験から学ぶべきだからだ』
ベレー
プティは新人であったが故に、新鮮な体験をし、その体験から生じた思考をエネルギーに変え、エネルギーを攻撃に変えてきた。その一連の流れはシンプルで速かった。
しかし彼女は気づいていなかった。
いや、今まさに、経験から学ぶ段階にあった。
コムロもまた、急速な勢いで、外からの思考を取り入れていることを。
戦闘の経験という意味では、コムロに一日の長があることを。
「やはりきた!」
シュドッ! ドドドドドド!
シンプルが故に単調になったロックウェルの攻撃の筋を、コムロは見切っていた。
ロックウェルが持つ、槍の如き探求針を、その発射前に腕から切断する。
『うぎぇあああああ』
ロックウェルも、人間と同様、やられるという観念を有していた。
「きゃああ」
少女の悲鳴が通信回線を占拠した。
「プティ!」
後輩の安否に気をとられたシュー。その隙を、ハコビ=タクナイの元エーススチューロットは見逃さなかった。
「いまだ!」
アサクラ中尉の覇気と同時に。
デュイエモンを構成する思考金属ニョイニウムは、「ポケットからたまたま出した電話ボックスのようなもの」を具現化し、その角で。
『道具主義』
ドガーン! デカルトンの頭を殴りつけた。
『ぐおお!』
デカルトンは、前々から、やられたという概念を理解していた。
「鈍器かよ!」
シューがそう文句を言う間に、デュイエモンは
「勝負あった。おとなしくして」
アサクラ中尉は言った。
「なんだ、こののど元に突きつけられたものは」
『道具』
ストレートに答えるデュイエモン。
「抽象的すぎるんだよ、表現が!」
シューは怒ったが手を出せない。
「シュー先輩!」
プティは言ったが、目の前にカントムが居るので、何もできない。
(くそっ、たった1機の加勢が入ったぐらいで)
シューは、道具がデカルトンの喉元に刺さりこむかと、体をこわばらせた。しかし。
……。
「どうした? とどめを刺さないのか?」
シューが聞くと、アサクラは笑った。イケメンを見て女性士官が嬌声をあげた時とは少し違う、何やら楽しそうな事を考えていそうな笑い方だった。
「俺はここに、戦いに来たわけじゃないんだ。だから最初の攻撃も当てなかった」
全方向通信に乗せて、アサクラ中尉は言った。
「どういうことだ?」
問うシューに対し、遅れて現れた美貌の青年中尉は告げた。
「俺は、ニョイニウムの使い方を提案しに来たんだよ。優秀なスチューロット諸君に」
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