07-6 プラグマティズム

『我は、何者ぞ』という起動シーケンスに、俺はこう答えたんだよ。『目的達成のための道具だ』ってね。


 アサクラ中尉は、3人のスチューロットに向かって、全方向通信で語りかけた。


「プラグマティズム……」

「哲学者デューイの、道具主義か」

 プティとシューは、その概念を知っていた。

 

「そう! さすが、いい腕のコンビ!」

 アサクラ中尉は微笑をひらめかせ、嬉々とした口調で言った。


「この一見不可避な戦争も、『解決すべき課題』だと考えればいい。思考金属ニョイニウムに注入する哲学的知見も、その課題を解決するための道具にすぎない。そうだろう? デュイエモン」


『そうだよ』

 アサクラ中尉が乗った藍色のモビルティーチャーは、喉にわさびの効いたようなダミ声で言った。


(そんなに簡単な問題かなぁ? 認識できる事象と、操作できる事象には、隔たりが大きいのに……)

 コムロは、味方アサクラが提示する主張に対し、疑問を内在させていた。


「君たちは、この戦争を望んでやっているのか?」

 アサクラ中尉は聞いた。この問いに対しては、


「「「そんなわけないだろうです」」」

 コムロ、シュー、プティの声がユニゾンした。


「であれば、こんな戦争、根本からなくしてしまえばいい。それで課題解決だ」


「そんなこと、できるはずがないだろう!」

 シューは声を荒げた。


「それが本当にできるなら、モラウを守れるけれど……」

 コムロは悩んでいた。


「へー!! どうやるんですか?」

 プティは興味深々だった。




「ニョイニウムを集めて巨大な塊を形成した後、その存在を消すのさ」

 アサクラ中尉は、そう答えた。


 


「存在を、消す?」

 プティは首をひねった。


「そう、消す。戦争を望んでいる、リバタニア帝国の権力者からね。認識できないものは存在しないのと一緒だから」

  

『存在論であるな』

 モビルティーチャー・カントムが低音ボイスで割り込んだ。


「その通りです、先生。優秀なスチューロット達と、ニョイニウムとを集めて、巨大な箱舟にする。思考によって規格外のエネルギーを発生させ、そのエネルギーを使って外宇宙の、リバタニアから観測できない圏外まで一気に飛ぶ」


「……世界の壁を越えよう、と言いたいのか?」

 シューが言うと、アサクラ中尉はうなずいた。


「さすが! 理解が早いじゃないか。一握りの天才達が押し広げている『世界』という枠。その枠をはるか越えた所まで跳ぶ。我々と、ニョイニウムで」


「それ、おもしろいですね!」

 プティが、小学生のような無邪気さで言った。


「現実を見ろプティ。そう簡単に、うまくいくはずがない」

 かつて、妹に対してなす術を持たなかったシューは、懐疑的だった。


「戦艦ヤンデレンの中で、シュー先輩は教えてくれたじゃないですか。この世は監獄パノプティコンだって。それに気づくことが大事なんだって」


「たしかにそうだが……容易に逃げられるものでもない」

 動員したての新人プティと、苦労人シューとの考え方の違いが表面化していた。


『試行錯誤をすればよい』

 蒼光りするモビルティーチャー・デュイエモンが割り込んだ。。


「そうそう。結果を求めて徹底的に試行錯誤を繰り返し、成功を勝ち取る。それこそが創造的知性じゃないか」

 アサクラの声には、迷いの成分は全く含まれていなかった。


「はっ、たしかに!」

 プティの頬は紅潮していた。

「いや、待て」

 シューは納得できずにいた。


(アサクラ中尉、先生モビルティーチャーと随分仲良いんだな……)

 コムロは考えがまとまっていなかった。



「創造性も無い奴らに支配されるのはもう止めて、本質を重視した、俺たちの世界を新天地で」

 アサクラ中尉が言うと、藍色の機体デュイエモンは両腕を広げた。


『白紙の紙には、多くの経験を書き込めそうだ』

 モビルティーチャー・ロックウェルは言った。


『何者も否定できない絶対の真理に、試行錯誤によって到達できるだろうか?』

 デカルトンは疑問を呈した。


『人から課題を出されて実行するのは、定言命法でも自律でもない』

 カントムは、他律的な提案を否定した。


 スチューロットであるプティと意志が合致したロックウェルが、シュドオオスラスターをやって、デュイエモンに少しずつ近づいて行った。


「くっ、白紙は染まりやすい! 待て、セシル」

 今は無き妹セシルと、後輩スチューロットのプティとを混同してしまった事に、シューは気づかない。


 デュイエモンの蒼い輪郭が波打つ。硬質化が解かれ、アメーバのように柔らかい「金属融合」を可能にする形態へと移行した。


「そんなことができるのか」

 言ったきり、コムロは絶句した。


 2つの金属塊の融合が、まさに始まろうとするその時。


 ドバアアアアアアアアアア!

 今まで鳴ったことのないような、ニョイニウムの音が、その宙域を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機動哲学先生(モビル・ティーチャー)カントム にぽっくめいきんぐ @nipockmaking

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る