第7章 協奏曲

07-1 それぞれの位置

 巨大なノートを宇宙でグルグルと丸めたような、筒形の形状。

 リバタニア軍の旗艦『アンリミテッド』は一際大きかった。


「やっかいなとげが居る」

 リバタニア軍の総指令官、アマリ・ゾンタークは、その身長2メートルに近い巨躯をシートに沈めて、低い声で言った。


「ギンボスも、超人には到達できなかったということか。……いや、敵モビルティーチャーの力が、超人に勝ったのかもしれぬ」


 かつてのヒューマン哲学者、バークリーは「存在とは知覚に過ぎない」と述べた。

 知覚するから、存在する。 

 総司令官ゾンタークにとって、カントムがしたのは、この時からであった。


 ゾンタークは、机上を右手の人差指でコン、コン、コンとたたいた。そして、シート横のスイッチを入れた。


「お呼びですか? 閣下」

 中肉中背の参謀が、ゾンタークの席の傍らに、音もなくやってきた。まるで猫のような俊敏さだった。


「『刺さった棘』を抜き去る。『教授』を呼び出して、侵入した敵に当てる」

「オーイ教授ですか。温存しておけば、戦闘終盤の要となるかに思いますが……」

 参謀ジョイスのその言は、遠回しの反対意見だった。


「教授の力量に、何か含むところでもあるのか?」

 ゾンタークは参謀の顔をのぞいた。並の参謀であれば、ゴルゴンを見たかのように硬直し、二の句を継げない強い眼力だった。


 参謀は言った。

「力量は心配してはおりません。その思考力たるや。しかし……」


「しかし、なんだ?」


「はい。思考力が『強すぎる』ことが問題かと」

「ふむ」


「強すぎる者に、自由な行動機会を与えるのは危険な面もございます。誰もコントロールできないのですから」

「はっはっは」

 偉丈夫の笑いは、ブリッジに朗々と響いた。


「そんなくだらない事を案じていたのか? オーイは我々を裏切ることなどできぬよ。そのようにからな」



 ◆


 

「そろそろだな」

 丸顔の艦長キモイキモイは目を開き、預言者のような事を言った。


「司令部より通信。別動隊のかく乱作戦が功を奏し、リバタニア軍右翼集団が混乱状態にある。攻撃を右翼に集中させよ……とのことです」


「やはりきたか。カントムはどうだ?」

「健在の模様」

「だろうな」

「担当宙域の敵はほぼ一掃され、戦力の空白地帯が生じております」

 その報告を聞いた艦長は、2回大きく頷いた。


「モラウ君」

「はい、艦長」

「コムロ君は凄いな。たった一機で、驚きの戦果だ」


「洗剤のCMみたいなこと言わないでください、艦長」


「洗剤?」


「わずかスプーン1杯で、すさまじい洗浄力、みたいな煽りのCMですよ」


「いや、そのスプーンが、すさまじく強大なんだよ」


「ずるい。詐欺ですよそんなの」


「コムロ君はずるくないぞ。思考力が異常なだけだ」



「「「ハハハ」」」

 ブリッジの一同は笑った。


 ただ一人、背筋を伸ばした長身の副官、ビヨンドが、落ち着いた声で小さく言った。

「艦長。敵が」


「そうだった」

 弛緩した頬を引き締めて、キモイキモイは命令を下した。


「生き残って、話の続きをやろうな。主砲、斉射準備」


了解アイサー


「……」

 キモイキモイは一瞬、無言になり、小さく両手を握った。


(これで終わってくれよ? 人殺しなど、不毛なだけなのだから)


 ◆



「プティ、出番だぞ」

 モビルティーチャー・デカルトンのロットコックピットには、長身の青年が居た。強い眼光の持ち主。彼はシュー・トミトクルという名を有している。


 後輩に声をかけるシューの声には、珍しく、緊張が滲んでいた。

 いつものような単機での発進ではなく、戦況の鍵を握るポイントへの、組織投入だからだ。


「頑張りましょう、先輩」

 通信機越しに返ってくる、明るい声。


 モビルティーチャー・ロックウェルに搭乗したプティの頬は上気しているだろう。そうシューには思われた。


「ほどほどにな」

 シューのその言葉は、半ば、自分自身へと向けられていた。


「奴の強さを、俺はよく分かっている。俺達二人がかりでも、さて、勝てるかどうか」


「そんな化物が居るわけないですよ」


「まぁ、ってみればわかるさ。第一優先は『生還』だ。いいな? プティ」


「……了解しました」


 ドッシュウウウウウウ!

 ドッシュウウウウウウ!


 並行直線に翔ぶ2体のモビルティーチャー。

 そのうちの一方の中で、シューは一人、考えていた。


「プティの現状は、なのだろうか? 何も知らぬ新人の蛮勇だと、単に決めつけて良いのだろうか? 彼女のポテンシャルは……」


『思考こそ、存在の証である。我が生徒搭乗者スチューロット、シューよ』

 思考をエネルギーと化すニョイニウムの塊、モビルティーチャー・デカルトンがそう言った。


「シュー先輩、速いです! もうすこしゆっくりお願いします!」

 通信機越しに、後輩生徒搭乗者スチューロット、プティが言う。


「おっと、すまない」

 シューの思考は、デカルトンの推力を著わしく増大させていた。後輩のプティがついて行けない程に。

 

 |ドドドドドドシードドドド

 宇宙空間に、なぜか鳴る、推進の音。


 推力を落としたデカルトンのすぐ後方に、黒髪の少女プティが搭乗するロックウェルが続く。


 彼らの前方モニターには、フロンデイア軍のモビルティーチャーが、小さく捉えられていた。

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