07-2 2機、もしくは3機

『正義と善は、どちらが優先される?』

「あの、先生……?」

 旧世の哲学者、ジョンロールズの名を冠するモビルティーチャー「ロールズロイズ」と、


『ロールズの配分的正義論は、財を無主物のように扱っている点に問題がある』

「ちょ、いったん黙ろうか」

 旧世の哲学者、ロバートノージックの名を冠するモビルティーチャー「ノスタルジーク」と、


『原初状態にいる人間が、格差原理を採用するとは限らない』

「今、戦闘中だって言ってるでしょうが?」

 旧世の哲学者、マイケルサンデルの名を冠するモビルティーチャー「マイケノレ・サンデノレ」と。


 フロンデイア軍に所属する、生徒搭乗者スチューロット達の意向を置き去りにしたその3機が、「正義と善」について議論をしている隙に――。



 ワレワレワー!  ―遠距離攻撃―  

 

 ボカーーーーン!  ―ベタな爆発音―  

 

 ダッ、シュウッ、タン! ―脱臭炭(スラスター後軌道変更)― 



 シューとプティの攻撃により、その3機は爆散し、絶対零度+3度の宇宙空間に光の花が3つ咲いて、そして散った。


 

 ドッシュオオオオオ! スラスター 


 ドッシリイイイイイ! スラスター 

  


 爆発光をかいくぐるように、シューとプティが操る2体のモビルティーチャーは前のめりの体制で飛んだ。


 息は合っているのだろう。シューが乗るデカルトンと、プティが乗るロックウェルは、議論で揉めることも、拗ねることも、思考モードに陥ることもなく、鮮やかに虚空を翔けまわっていた。


「プティ、2時の方向!」

「はい!」


 ロックウェルが右腕を延ばし手首を曲げると、発射機構が現れ、そこから、白い「探求針」が打ち出される。


 シューーーー


 ボシュッ!


 ボシュッボシュッ!


 一直線に、矢のように飛ぶそれは、ロックウェルの右前方に現れたフロンデイア軍のモビルティーチャーにザクザクと刺さり――そして、爆発。


「やるな、プティ」

「先輩の教えの賜物です」 


 シューは、黒髪の後輩生徒搭乗者スチューロットの成長スピードに、舌を巻いていた。


 プティが駆る、「タブラ=ラサ ―白紙の紙― 」ことロックウェルは、百選練磨のデカルトンの機動に匹敵する動きを見せていた。思考モード明けのデカルトンは、より理解力、思考吸収率が上がっているはずなのに。


 そんなシューとプティの眼前には、輝く川が出現していた。


「綺麗ですね。先輩」

「そうだな。しかし実態は、互いが互いを殺そうと放った、ニョイニウムの粉体だ。死の川だよ」

「三途の川は渡りたくないですね」

「ああ」


 ドシュスラスターーーーー

 ドシュスラスターーーーー 


 並列飛行を続けながら、シューとプティは語り合っていた。



「遠距離砲撃の後、急速前進して接近戦か。敵はアクティブに来たものだ」

「どういうことですか? シュー先輩」


「我が軍右翼が混乱状態だからな。弱い所を狙って叩こうというのさ。右翼に張り付いてしまえば、我が軍本体も左翼も、同士討ちをおそれて攻撃ができなくなる」

「それ、おかしくないですか?」


「何がだ? プティ」

「だって、敵は本来、守りきれば勝ちですよね? 遠征軍は私達なのだから」

「そうだな。補給線の長さが全く違う」

「なのに敵は、我が軍にですか? 接近戦、乱戦になれば、戦力のコントロールも効かなくなりそうですけど?」


 シュートミトクルは、ノーマルコック・ボウの角度を左手で少し直し、その手を操縦桿に戻した。

「敵の司令官も、『人間』だってことさ」


「……すみません。ちょっとよくわからないのですが」


「つまりな? プティ。我が軍右翼だけでなく、敵の司令官も、奴に惑わされているのさ。イマヌエルカントをベースにした、あのモビルティーチャーに」

「惑わされている? 味方同士なのに?」


「強すぎる力は、人の判断を狂わせるんだよ」

「そう……いうことですか」


「俺達は、敵司令官の判断ミスに乗じれば良い。カント・ベースの奴を倒し、過大評価だったと、敵に気づかせてやるのさ」

「がんばりましょう」

「ああ」


 

 ドシュスラスターーーーー

 ドシュスラスターーーーー 


          トシュー……



 シューとプティは進軍した。

 リバタニア軍右翼を内部からかき回し、混乱を生じさせた、コムロとカントムへと向かって。



 その背後を追尾するに、気づかないままに――。

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