07-3 白紙の紙 タブラ=ラサ

 花火で言えばスターマイン。

 連続してはじける爆発光。


 その向こうから、1機のモビルティーチャーが接近する。


 おかっぱ頭の災厄。

 フロンデイアの槍。

 小難しい決戦兵器。

 亡き父の忘れ形見。

 ニョイニウムの塊。


 名は、モビルティーチャー・カントム。


「あれだ、左前方!」

 シューの心臓が早鐘を打つ。ついに見つけた!


 ドッシュウウウウウウウウウ!

 推進粉が沢山出た。



「敵か!?」

 コムロ少年は、カントムの進路を右に変更。立ちふさがりつつある2機のモビルティーチャーを無視して突っ切ろうとする。


「行かせるかよ!」

 サササササ

 カントムに合わせて、シューもまた、デカルトンの機動方向を変更。

 横開きの自動ドアのように、サイドにスライドして、カントムの前方に立ちふさがる。


「ごめんなsa……おっと!」

 プティが乗るロックウェルは、自動ドア的な挙動を始めるタイミングが1拍遅れたが、その遅れが逆に奏功。カントムの更なる転進コースを、うまい具合に塞ぎつつあった。


「ドアが追尾するみたいに」

 逃げ切れないと判断したコムロは、不ぞろいな自動ドアとして立ちふさがる2体の敵モビルティーチャーとの戦闘、撃破を選択。


「カントム先生、ブレードを!」

『何のブレードだ? それをどうするのだ?』

「いい加減通じてくださいよ! この程度の会話! ア・プリオリ・ブレードを出して構えるんですよ!」


『我が生徒搭乗者スチューロット、コムロは言葉の省略が多すぎる。悟性はともかく、その知覚は』

「その話はあとで! ここを切り抜けてから!」


 カントムは、おかっぱ頭の口から、純粋理性を示す青い剣、アプリオリブレードを取り出したにゅもももも


「そんなところから?!」

 黒髪の少女、プティは仰天した。

 彼女の白紙の心タブラ・ラサに、どす黒い強烈なイメージが書き込まれる。



 ドッッシュ―――!  スラスター   ギュオオオ! ―制動― 

 ドッッシュ―――!  スラスター   ギュオオオ! ―制動― 

 ワレワレハ――! ―ワレモノ・ライフル― 

 ボシュッボシュッ!  ―白い探求針―  



 シュドッスラスター! N シュドッスラスター! N シュドッスラスター! シュドドドドド!


 コムロは敵から学んだ幻惑機動で、ライフルと針の攻撃を小刻みにかわす。

「あぶなっ! 頭の良い強いのが来たな?!」


 後方の白い機体の形には、コムロには見覚えが無い。

 しかし、もう一方は。

 幼馴染の少女、モラウ・ボウが出撃した時の――あいつかもしれない。


「先輩と、私で! あの敵を!」

「そうだ」

 後輩と共にカントムを受けて立つ、パティシエ上がりの青年シュー・トミトクル。その体の震えは、寒さから来たものではなく、武者震いだった。


 シューは自分の心 ―我思う― の奥に、力の火が灯るビジョンを、イメージした。

「絶望を、くれてやる――今度こそ!」


「そこは『死に至る病』って言う所じゃないのかよ! キルケゴールなら!」

 ポーニョポーニョニョニョニョ! ―ライフル音― 


 カントムは、ブレードからライフルに変形させた純粋理性の銃、ア・プリオリ・ライフルを発砲した。敵の2機のうち、見たことの無い、白いモビルティーチャーへと照準を定めて。


 距離を詰められる前に、一方だけでも撃破できれば、戦況がぐっと楽になる。しかし――。


「前方から飛び来る物体を、迎撃願います!」

『ふむ。前方』


 ボッシュ! ボシュ!


 ブニョワアアアアアアアン ―爆発、爆発― 

 

 黒髪の少女、プティの迅速な対話に応じたモビルティーチャー・ロックウェルが、探求針を発射。宇宙空間で、互いの射撃武器が鉢合わせとなり、中間付近で爆発した。


「先輩、やりました!」

「まだだプティ! すぐ次が来るぞ」

 これまでの経験に基づく、シューのプティへの警告。


 爆発光が収まったそこに、カントムの姿はない。

 

(爆発粉光を利用して、跳んだな?)

 プティよりも早く状況を把握したシューは、辺りを素早く索敵――


「上だ!」

「えっ?」

 プティは驚きつつも、即座に回避行動へと移行した。


 シュワン! ―ライフル弾―  シュワン! ―ライフル弾― 


 先刻までロックウェルが遊弋ゆうよくしていた地点を、カントムが放ったライフルの2射目が通過する。


「はっ……」

 命の危険を生まれて初めて感じたプティは、瞬間的に訪れた強い緊張から弛緩し、ふぅ、と一息ついた。


「ぼうっとするな、プティ!」

 通信機越しに、シューの叱責が飛ぶ。


「は、はい!」

 プティがモニターを確認し直すと、傍らにいたはずのデカルトンが、元の場所から既に大きく移動していた。


 ――敵の直近へと。


「……はやい!」

 感嘆の声を漏らすプティであったが、それは、デカルトンの機動スピードのことではなかった。


 先輩生徒搭乗者スチューロット、シュー・トミトクルの、状況判断と次の行動開始の速さ。


 シュー・トミトクルは、18歳になろうとする頃に軍に入隊し、幾多の戦場を潜ってきたのだ。その経験に裏打ちされた、モビルティーチャー・デカルトンによる、素早い反応。


 ワレワレ、ワレワレ、ワレワレワー! ワレッ!

 シューが操るデカルトンは、ワレモノ・ライフルを斉射しつつ、カントムに肉薄金属薄。接近に応じてライフルをブレード状へと変形。敵のモビルティーチャーに挑む。

  

 しかしカントムは、ライフル形態から更に変形させたア・プリオリ・ブレードで「やわらかく」受け止め、後方へと受け流す。そのまま――


 ドムム! ―足蹴― 


 カントムの左足が、デカルトンの右半身にヒット。

 デカルトンの体軸が崩された。


「うおっ!」

 シューの背筋には悪寒。


 カントムはそのまま、ア・プリオリ・ブレードの「柄」で打撃。


 ドウン!


「ぐうっ!」

 シートベルトに守られつつも、細かいバウンドに揺さぶられる、コックピットのシュー。


 シュd……

 ダメージを食いつつ、デカルトンが距離を取ろうとスラスターに火を灯すが、それより速く、カントムの武器が、ブレードからライフルへと再び素早く切り替わる。


 ポーニョ・・・ア・プリオリ…

 

 ボッシュ ―探求針で― ボッシュウウ! ―好機没収― 


 別角度からの、ロックウェルの援護射撃。


「くっ!」

『シュドドドド』

「言うの?! カントム先生」

 ライフルを引っ込め、回避行動に移るコムロとカントム。 


 その隙に、デカルトンは態勢を立て直した。

 プティとシューは互いに、球面をなぞるように移動し、合流する。

 

「先輩!」

「プティ。敵は強いぞ」

「もうわかりました!」

「前にった時より、はるかにだ!」

「……本当ですか?!」


 数多の戦いの渦中で、敵の思考や、モビルティーチャーの運用方法をも吸収してきたコムロとカントム。その機動は、以前とは比べ物にならないほど変化に富み、そして速くなっていた。デカルトン単機でなんとかなる相手だとは、シューにはとても思うことができなかった。


「プティ。俺がするから、君が攻撃に回ってくれ」

「えっ! 私がですか?」

 シューの意外な提案に、プティは驚き、くりっとした目を、ひときわ大きくさせた。


白紙の紙タブラ・ラサは、これから染め上げることができる。短時間で伸びが期待できるのは、俺ではなくプティだ」


「つまり……経験が私を強くする、ということですね? 先輩」

  

 プティが示した理解力、吸収力に、シューは満足げにうなずいて、そして言った。

「できるな?」


 黒髪の少女は、一瞬の間を置いて答えた。

「はい!」

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