06-5 神殺し
無呼吸での活動には限界がある。
それと同様に、ニョイニウムも。
無思考での活動にも限界がある。
敵中。
短い断続スラスター。
死神の黒鎌。
ア・プリオリ・ブレード。
黒鎌。
スラスター。
黒鎌。
ブレーd黒鎌。
連綿と続く、攻撃と防御。
その戦いに介在する言葉は少なかった。
「砲撃は」
「ダメに決まっているだろ! 閣下の愛機ニーチェッチェに当たったらどうする!」
「ギンボス閣下なら耐えられます。閣下は超人ですから」
「バカが。降格させるぞ」
「勘弁してください! 上級国民への夢が!」
「閣下はああやって、敵のエネルギーを削り取っているんだ。撃つなら、削りきった後にする」
「敵機を弱体化させてから、集中放火ですな! こりゃ楽しみだ」
「お前には撃たせんよ」
「えー! なぜです?」
「距離をとる前の閣下に、当てそうだからな、お前は」
「そういうとこありますね、僕は、ハハッ」
「マジで降格だぞ」
「それだけは! それだけはご勘弁を!」
コムロには、思考を練る余裕が与えられなかった。
武器がぶつかり合う。
近接攻撃はヒットしない。
無思考運動により、双方のモビルティーチャーのエネルギーは損耗し、そのスペックは下降線を辿っていた。
両社の大きな違いは。
周囲を取り囲む者達が、味方か、それとも敵か。
(このままでは)
コムロの心に、焦燥感の闇が、ジワリと侵食し始めていた。
エネルギー枯渇の行き着く先は、思考を巡らせずとも分かる。
「――このまま、追い込むか」
漆黒のビルティーチャー、ニーチェッチェが、死神の鎌を連続して振るう。
「神殺し」と呼ばれたかつてのヒューマン哲学者、ニーチェの名を冠するニョイニウムの塊が、カントムを死へ誘おうとしている。
エネルギー枯渇に備え、幻惑機動に使うスラスター出力を、最小限に抑える、コムロとカントム。
効率を重視した、小刻みな動きが増える。
銀髪の貴公子、ギンボスが相手でなければ、それで足りたかもしれない。
しかし――
「動きが読めるぞ」
――幻惑機動において「エネルギー効率」を重視した、それが結果。
意味を生じないスラスターを使わないということは、それだけ動きが合理的になるということ。
理に基づいた動きは、読みやすくなる。
思考エネルギーの欠乏により、スペックダウンしたカントムの今の機動では、敵の攻撃を完全に防ぎきれなくなっていた。黒鎌がカントムにかすり始める。
(まずい)
白い
それは、じわりと侵食する
カントムの残存エネルギーは、危険域に入ろうとしていた。
――
――
時は、唐突に訪れる。
シュッ―――ウウウ……ウウ
死神の鎌が描く円弧。
その半径が、瞬く間に縮小した。
「なんだと……?」
銀髪の貴公子の目に、動揺の色が灯る。
『枯渇と思われる。自他共に』
カントム先生の、すこし思考力の鈍った助言。
「ここしか……ない!」
ギュムッ!
コムロはフットペダルを勢い良く、地べたまで踏みつけた。
カントムは、敵が死神の鎌を手元に引く動作に合わせ、間合いを詰める!
「ぬっ?」
死神の鎌は精細を欠きつつ、ニーチェッチェの元へと戻ってくる。
その黒鎌によるガードは、
間に合わない。
「
カントムの青いア・プリオリ・ブレードが、ニーチェッチェの黒い頭部に叩きつけられる。
『ぐおお』
控えめな絶叫。しかし、それだけのこと。
出力の低下したカントムの攻撃は、ニーチェッチェの漆黒の機体を貫くことはできなかった。
『危険の中に生きる至福』
ニーチェッチェは、前方に向けた脚部スラスター噴射で、カントムを引き離さんとする。
「私は超人であり、超越者である。弟を倒した程度でいい気になられては困る」
ギンボスの口から、彼を突き動かす原動力が、表面化する。
それは、ニーチェの唱えた「超人」の解釈とは離れた、俗衆的な原動力だった。
コムロとカントムは、ア・プリオリ・ブレードを引き戻す。
理性を司る青きブレードから頭部を解き放たれたニーチェッチェと、カントムとの距離が、ごく短い時間だけ、開く。
刹那、「銀髪の男」ギンボスの思考が、ニーチェッチェを構成する金属、ニョイニウムへと流れる。そのエネルギーをチャージする。
――
――
同時に。
無思考運動から解き放たれたカントムの中で、コムロもまた、考え事を始めた。
――
――
人間に共通する物差しであり、先験的な直感である、「時間」。
同じ時間の間に、思考金属ニョイニウムへと蓄積したエネルギーを用いて、両者は再びその武器を合わせる。
――
「なにっ!」
死神の鎌が弾き飛ばされる。
そのまま
カントムの青いブレードが
漆黒の機体の腹部に、突き立てられる。
『ぐへぇ』
ニーチェッチェの、力のない、「やられた」という概念。
――
「こんなものか。は、ははは」
最期の瞬間、銀髪の男は笑っていた。周囲から超人と呼ばれ、超人であらねばならなかった男の、自嘲の笑いだった。
その先生であるニーチェッチェもまた。
『孤独な人間がよく笑う理由を……』
漆黒のモビルティーチャーが、爆発光に包まれる。
広がった爆光が、さざ波が砕け散るように薄れ、消えていく。
その空間には、再び、漆黒が。
孤独な者たちが創造した、何も存在しない宇宙空間が存在していた。
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