06-4 兄弟

「刺さった棘は抜き取らねばな」

 黒い生徒搭乗者スチューロットスーツに身を包んだ銀髪の男が言った。


 位階を有する者のみに許される、銀縁の紋章があしらわれた、特注のスーツだった。


 銀髪の男、ギンボスは、熱さの無い口調で、友軍モビルティーチャーに「行け」と指示を出した。


   ドシウスラスターーーーー!

  ドシウスラスターーーーー!

ドシウスラスターーーーー!


 ドシウスラスターーーーー!

   ドシウスラスターーーーー!

ドシウスラスターーーーー!


 カントムの左右を通り過ぎ、突撃していく、リバタニア軍の一般モビルティーチャー。

 

 それらのことごとくを、避けササッ、攻撃をブレードで受け流しシュオッ、あるいはカウンターの一撃を見まいドムウ!、順次処理して行く、コムロとカントム。まるで、指揮棒タクトを大仰に振るうようだった。


「ほう、やるな」

 後方から冷静な観察を続けていた銀髪の男ギンボスは、気付いていた。



 シュドッ!スラスター Z シュドッ!スラスター Z プョンッ! 正面打ち  プミョンッ!  斬り上げ  

 

 ――カントムの動きに、赤い髪の男、アカボスが編み出した「幻惑機動」の所作が見られることを。


「もしや貴様か? 赤神に死を与えたのは」

 ギンボスはフットペダルを踏み込み、その乗機である漆黒のモビルティーチャー、ニーチェッチェを、前面に押し出した。

 

『神は、死んだ』

 ニーチェッチェの冷徹な言葉。


「ああ。赤神は、死んだ」

 言葉と共に背中から抜かれる、漆黒の鎌。そのリーチは長尺。


 刃の部分のみが、ギンボスの髪と同様、銀色に冷たく光った。



 ◆



「たくさん!」

「たくさん!」

 押し寄せる敵の一般モビルティーチャーを捌くカントム。

 その中のコムロ少年はもう、倒した敵を正しくカウントする気も起きなかった。


 敵の攻撃が、刹那、緩まった。


 ふぅ 

 コムロの弛緩の一息。

 

 そこに

 

 シュッ!


 カントムの右側面から、銀色の刃を備えた黒い鎌が、一直線に突き出される。


「っ!」

 コムロの声と同時に、後ろへと跳ぶカントム。そして前方を通過する敵の黒鎌。

 

 しかしそれで終わりではなかった。


『楽しいだろ? 危険を生きるのは』

 漆黒のモビルティーチャー、ニーチェッチェは、突き出した長尺の得物エモノの握りを変えた。体の内側へとねじるように。


 ヅドドドドドド力強いスラスター


 推進粉を高濃度で噴射したニーチェッチェは移動方向を急激に変え、鎌を引き込んだ。


 カントムの前方を通過した刃が、高速で戻ってくる。

 跳んでいては回避は間に合わない。


 くいいっ!

 

 ――――シュドッ!シュドッ!


 キョイイーーーーーン!  一合  


 カントムは、少し開いた右足のスラスターを前方に短時間噴射。あわせて背面の左スラスターも噴射。


 反時計のスピン回転を得たカントムが、放り出すように伸びていた両手で、ア・プリオリ・ブレードを逆手に瞬時に持ち替え、振り上げる。


 ア・プリオリ・ブレードの先端が、黒鎌の刃先を迎え撃t、まだだ。


 鎌の軌跡を描く黒鎌の刃先が、ねじりこまれながらさらに引かれる。


 カイイイーーーーーン!  一合  


 かろうじてそれを受けたカントムは、体勢を調節し、刃を受けた反動を機体の中心軸にうまく乗せ、後進の起点とする。


 シュッ、シュドッ! ドッドッ! ドッ! シュドオオオ! シュドオオオ! 


 機体の中心を射抜くスラスターと、中心を敢えて外したスラスターとを使い分け、推進あるいは回転を小刻みに行い、敵との距離を取った。


「うまく使いこなすものだな。赤神のわざを」


 敵の初手を、かろうじて回避したカントムの挙動は、死と紙一重であった。


「こんどはニーチェか!」

 コムロは背中に汗の存在を自覚した。


 先の、赤髪の生徒搭乗者スチューロットが駆るへーゲイルの、あの幻惑機動を経験し、吸収していなければ、ここで舞台から退場を余儀なくされていただろう。


 ア・ポステリオリ経験が、コムロとカントムに味方をした。


「やはり貴様か」

 漆黒のモビルティーチャー・ニーチェッチェの中で、銀髪の男がカントムをそう評した。


 ギンボスは確信していた。


 こいつだ。


アカボズを死へと導いた、超克者ちょうこくしゃ

 銀髪の男の左の頬と口角が、微弱なけいれんを伴いながら、歪に持ち上げられた。


「貴様なら、私を理解できるか?」

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