06-3 獅子身中の哲学虫

 敵の斥候が、カントムの潜む小惑星へと近づき……そしてそのまま去って行った。


 速度も進路も不変。

「敵発見!」などという慌ただしい動きも見られない。それでも。


(気付かれずにすんだ……?)


 敵は、カントムの潜伏に気付いた上で、平静を装っているだけかもしれない。リバタニア軍本隊へと極秘通信が飛んでいるかもしれない。


 コムロの思考力は、敵の単なる直進運動に対して、在りもしない幻影を投影させていた。


 そして、斥候に続き、リバタニア軍本隊とおぼしき無数の光点が、カントムのはるか前方を通過して行く。


(焦るな……両軍の戦端が開かれるまで……)


 今にも飛び出したい、はやる心を抑え、ロットコックピット内を目視チェックするコムロ少年。


 5分後、スリープモードになっていたカントムに火を入れる。

 再起動シークエンスが始まる。その音声ボリュームは絞られている。


 ――


 ――


『我は、何者ぞ』

 問うカントムの癒し低音ヴォイスには、ウィスパー属性が、更に加えられていた。

 

「僕の視点から認識するカントム先生は、一見、哲学的ゾンビであるように見えますが、それが真理か否かは、断定不能です」

 小声で回答する。


『うむ。我が生徒搭乗者スチューロット、コムロよ』


 哲学的ゾンビ――

 

 <外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、内面的な経験クオリアを全く持っていない人間>


 それを指す概念。


 コムロは、この起動哲学先生モビル・ティーチャーと共に、幾度かの死線をくぐり抜けて来た。それは「経験」という名の財産となって、コムロの脳に刻まれている。


 一方、カントムを構成する思考金属「ニョイニウム」の塊にとっては、どうだろうか? 内面的な経験を、本当に持ってはいないのだろうか? 人間同士ですら、その有無の断定は出来ないというのに。


(モラウがここに居たら、「ごちゃごちゃ考えずにさっさと動かしなさい!」とでも言いそうだな)


 幼馴染の少女の姿を思い浮かべて、刹那、頬を緩ませたコムロは、再び「戦い」の表情に戻った。


 ――


 ――

 

 カントムのモニターに、いくつかの、小さな爆発光が映し出される。

 

(――はじまった。戦いが)

 

 ◆


 リバタニア軍と、フロンデイア軍との第1幕は、苛烈な砲撃戦を呈していた。


 数に勝るリバタニア軍が押し、フロンデイア軍は、じわりと後退。兵力差に応じた、想定通りの展開。


 リバタニア軍の前端に、突出部が生まれる。


 ドガガガガガガガガガアアア!


 フロンデイア軍からの集中放火が、レーザーメスの如く、その突出部を削り取る。


 しかしその間に、リバタニア軍のが、フロンデイア軍との間にあったスペースを削り取る。

 

 数の力。

 それはこの時、ナチュラルに発現していた。


 じりり後退するフロンデイア軍は、この劣勢をひっくり返す機会を、じっとうかがっていた。

 

 ――


 異変が顕在化したのは、それからさらに30分後だった。


 リバタニア軍右翼による砲撃が、緩慢なものとなり始めた。そして、右翼後方に、小さな爆発光。フロンデイアのが、機能し始めた証拠だ。


 ◆

 

 同時刻。

 

 コムロが駆る機動哲学先生モビル・ティーチャー・カントムは、リバタニア軍右翼後方集団の渦中に居た。


 360度を敵が占める空間。


 宇宙を泳ぐ巨大な魚 ―リバタニア軍右翼― に、針のように差し込まれた、知に基づく暴力装置。


 艦砲による同士討ちを避けたいリバタニア軍は、モビル・ティーチャー隊を発進させた。

 

 それらが無重力機動に慣れるまでのタイムラグを狙い、手近の敵機動哲学先生モビルティーチャーを、次々と倒していく。青く光る剣、ア・プリオリ・ブレードによって。


 咲き誇る爆発光は、さながら、口の中で癇癪玉かんしゃくだまが破裂したかのようだった。


 しかし――

 

 その快進撃が止まる時が来た。

 カントムの進路をふさぐものが現れた。

 

(突破するしかない!)

 コムロは、状況をそう見た。


 四方八方を敵軍に埋め尽くされている。進撃が止まった場合、その後の展開は自明。


 倒して、押し通るしかないのだ。


 コムロの目の前に立ちはだかるもの。

 

 それは、数機の名も無き機動哲学先生モビルティーチャーを配下に従えた、漆黒のフォルムを持つ機動哲学先生モビルティーチャーであった。

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