04-3 本来の姿

「やはり、罰を与えなければなりませんか?」

「そうだね、ビヨンド」

 白を基調とした戦艦の一室で、艦長キモイキモイは首肯した。


「モラウ君は、デカルトンを退けているわけですが」

「コムロ君の支援の結果な。そして、結果が出るなら隊規を無視して出撃していい……となれば、他の乗組員に示しがつかんだろう?」


「それでは、そもそも民間人のコムロ君を、カントムに乗せた事はどうなるのですか?」

「それは現地徴兵として処理した。それに……」


 丸顔の艦長、キモイキモイは、艦長室のドアが施錠されていることを、目視確認した。次いで、通信機がオフになっていることも確認し、小声で口を開いた。


「ダイが上に状態で、退却戦が始まってしまったからな」

「それはそうですが……」


「我々が生き延びるには、スーパーエースの代わりに、コムロ君に乗ってもらう以外にはなかったんだよ」

 

「余人をもって代えがたい……厄介な兵器ですね、モビル・ティーチャーは」

 のっぽの副官、ビヨンドは嘆息した。


「戦争は、ニョイニウムの本来の使い方ではないからね。思考金属ニョイニウムは、兵器ではなく、次世代のリーダーを育てるためのものだったはずだ」

「いろいろと、歪んでおりますな」


「ああ。だから、戦争は早く終わらせなければならない。我々開拓民フロンデイアが、本来の道に戻れるように」

 艦長のキモイキモイは、そう言って腕を組み、考え込んだ。





「モラウ、2日間の辛抱だからね」

 コムロは、格子扉の小窓越しに、幼馴染に声をかけた。


「うん」


「モラウ君、これに懲りて、勝手な行動は慎んでくれ」

 艦長キモイキモイは、表情を消していた。


「すみませんでした」

 モラウはおとなしく椅子に座り、膝に手を置いた。


「さぁ、いくぞ、コムロ君」

「はい」

 キモイキモイとコムロの2人は艦内エレベーターを降り、戦艦の下部エリア、後方ブロックへと移動した。


 後方ブロックは薄暗く、金属のパイプが天井をむき出しに這うように交差していた。作業スペース確保を第一とする為、余計な物は置かれていない。


 その後方ブロック、通称「修理ブロック」には、右腕を失ったカントムが、|簡略化されたポリゴン的な形状で収容されていた。


「修理の進捗は?」

 艦長は、遠くで作業をしている整備員に聞いた。


「修理だあ? そもそも壊してんじゃねえよこのクズ艦長が」

 灰色のつなぎを着た、短髪白髪に、いかつい風体の整備員は、艦長につかみかかった。


「わぅわぅ」

 首根っこを掴まれたまま、変な声を出して左右にシェイクされる、キモイキモイ艦長。


「すみません。僕が出撃しなかったから……」

「あ”?」

 コムロが整備員と艦長の間に割って入った。


「お前か。ダイの後釜あとがま生徒搭乗者スチューロットってのは」

「は、はい」

「そうd、おえぇぇえ」

 恐縮したコムロと、首を絞められてえずいた艦長とが同時に回答した。


「ダイがデュイエモンに乗ってた時は、右腕がぶった切られるなんてヘマ、一切無かったってのによ。戦争舐めてんのか? お前ら」

「あでっ」

「あだっ、うえぇぇえ」


 生徒搭乗者スチューロットだろうが、艦長だろうが、お構いなし。その整備員の男は、二人の頭にゲンコツをくらわせた。


「おら、来いよ、青二才ども」

「ええと」

「ガズ、おええええ」


 ガズと呼ばれた整備兵は、コムロの袖と、キモイキモイの肩口とを左右の腕でむんずとつかみ、ひきずるようにして、巨大な金属の塊の所へと連れてきた。

「新しい腕を、本体に接続する所なんだよ。ニョイニウムの変形作業、手伝ってけ」


「え?」


「適任だろ? 坊主。思考力が人並外れた、生徒操縦者スチューロットなんだから」


「思考が――修理にも関係するんですか?」


「当然。ニョイニウムの特性、知ってんだろ? お前」


「……思考に反応して、特性を変えるんでしたよね」


「わかってんじゃねーか。お前の思考を接合部に注入して、本体と腕とを、ロウ付けみたいに接合すんだよ。俺らがやるより速えぇだろ? その方がよ」


「そういうものですかね……」


「そういうもんだよ。なぁ」

 整備員はそう言って、コムロの肩をバーンと叩いた。かなりの力で。


「いでで」

 苦悶の表情を浮かべるコムロ。


「で、艦長は雑用だ。そこの部品を片付けとけ」


「ちょっと、しこたまあるんですけど……ガズ先輩は厳しいですよ。うぇええ」



 ◆



「よし、作業終了! あとは少し時間をおいて、接合強度チェックだ。ご苦労さん」


「ふう……」

 カントムの腕の付け根辺りに直接接続されたコイル・メットを頭から外して、コムロ少年は一息ついた。


「うああ”、うげぇ”」

 丸顔の艦長キモイキモイは、慣れない重労働で、完全にへばっており、床に転がってのたうち回っていた。


「ほれよ」

 灰色のつなぎを着た整備員ガズが、コムロに放ったそれは、携帯用チョコレートだった。


「甘いもの補充しとけ。頭使っただろうからな」


「あ、ありがとうございます」


 工事現場の足組みのようなところから、無重力に任せて床面へと降りた整備員ガズとコムロ少年は、荒いイマヌエル形態になった巨大な金属塊を見上げた。


 数瞬の沈黙。


「なぁ……お前」

「はい」


「アホくさいと、思わねぇか?」

「なにがです?」


「戦争がだよ」

「ええ……」

 コムロが視線を転じると、灰色のつなぎを着た男は、右手を握ったり開いたりしていた。


「思考に応じて自在に変形する、思考金属ニョイニウム。技術者の俺からしたら、こんな面白れぇ素材は無いってのによ」

「はい」


「どんだけ面白ぇモノが作れるか、って話なのによ。人殺しの道具なんだぜ? 今、必要とされているのは」

「……」

 コムロは、何も返せなかった。


「敵も味方も、お前みてぇな頭の良い奴等が揃ってんのに、なんで戦わなきゃならねぇんだ? アホらしいと思わねぇか?」


「まったく、そうですね……」

 

「せめて、さっさと決着つけてくれよ? この、くだらねぇ戦争をさ。

 灰色つなぎのガズは、そう言ってコムロの頭を手でワシャワシャとやり、そして、部品の後片付けを始めた。


「キモイキモイ、寝るなら端っこで寝ろや。片づけの邪魔だ」

「ぐええ」


 コムロは理解した。

 思考力ちからのある人間が、この世界で期待されている、働きが、何であるかを。

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