04-4 懐疑の塊

 ブリッジの前方スクリーンには、巨大な赤い星と、散会する味方艦の白い光点とが映っていた。後方スクリーンには、高速で移動する、小さな光点があった。


 フィーーーヨン! フィーーーヨン!

 艦内警報が鳴る。


「来たな?」

 キモイキモイ艦長は、敵のこの追撃を予期していた。

 辺境宙域に入って以来、船団の最後尾に陣取った戦艦ハコビ=タクナイは、友軍を可能な限り多く逃がすことが任務となっていた。


「各員! ここを凌げば、友軍と合流できる! 気張れよ!」

「「「了解アイサー!」」」


 シュドドドドドドスラスター噴射

 母艦を回り込むように、艦の左斜め後方へと進んだカントムは、後背から追いすがる敵に備えた。


 光背からミサイルが数条、戦艦ハコビ=タクナイの左右を通過していった。


「ひええ」


 怯える乗組員に対し、キモイキモイ艦長が、着いた声で言った。 

「この距離だ。そうそう当たるものじゃないよ。ただ――」


「ミサイルはあくまで威嚇。本命は、これから来るだろうな」

 後方スクリーン上を、この戦艦まで急速に近づきつつある交点を見ながら、艦長は言った。 


 ◆



「ヒュームリオン先生。遠距離攻撃はできますか?」

 問う生徒搭乗者スチューロット、シュー・トミトクルに対し、


『デカルトとは違うのだ』

 ヒュームリオンはボールを虚空に投げつける。


 デカルトンより頑丈そうなしっかりした体躯。太いまぶた。


 ――別人なのは、一見して明らかだ。


 ヒュームリオンの遠距離武装「カイギ懐疑ボール」。


 「銃」という概念も

 「剣」という概念も


 いずれも懐疑、否定、拒否したヒュームリオンは、純粋に、ニョイニウムを固めた、エネルギーボールとして放出していた。


 辺境から収奪した思考金属ニョイニウムの、潤沢な供給が可能な兵站へいたんを有する支配国家、リバタニアだからこそ運用できる、高コスト賃金機体先生であった。


「ぐううう」

 コックピットの中で、シュー・トミトクルはあえいだ。

 モビル・ティーチャー・ヒュームリオンは、思考エネルギーの消耗が激しい機体としても知られていた。


(糖分が足りない! 吸い尽くされるかのようだ!)

 自分より数段上の頭脳回転数を持つ集団に混ざった時のように、憔悴していくシュー。


 ヒュームリオンのコックピット左側。通称「おやつホルダー」には、大量のおやつが入っている。シューは開き戸をパカっと下ろし、スナックタイプのソレを食べ、脳への栄養を補充しながら操縦桿を握った。


 オギョーギッ! と鳴るニョイニウム。

 ベタベタになる操縦桿。


 ン”ッ ン”ーッ!因果関係は ン”ッ ン”ッ ン”ーッ!物体に有るのではない ン”ッ ン”ッ ン”ーッ!人がそう認識しているにすぎない


 カフェでたまたま隣り合わせた変なおっさんの、激しい咳払いのような、断続的な音で飛ぶ、おまんじゅうのようなエネルギー懐疑ボール。


 ぶカントムの右頬のあたりを、そのおまんじゅうがかすめる。


「ぐわうわう!」 

 かすめた振動で、カントムが大揺れに揺れる。


「こんなの、当たったらどうなってしまうんだ……」

 コムロは背筋が凍る思いだった。


から目覚めそうだな』

 カントム先生は冷静に回答。


「そんなん悠長な結果じゃすまないですよ! 先生!」

 とコムロ。


 カントム先生の言により、コムロは気づいた。敵の機動哲学先生モビルティーチャーが、かつての哲学者「デイヴィッド・ヒューム」ベースの機体であることを。



 ――イマヌエル・カントは、カントムが搭載するAIのベースとなった、前史の哲学者だ。


 カントは、「イギリス経験論の最終兵器」と呼ばれる哲学者、ヒュームの哲学に接することにより、「独断のまどろみから目覚めた」と述懐した。


 そしてカントは、およそ10年がかりで、名著「純粋理性批判」を執筆することになる……。


 その意味で、ヒュームリオンとカントムとは、ベースとなった哲学者における「師弟」に近い関係にあった。



 あるいは、「論敵」と表現すれば良いだろうか?



 カントムも、ア・プリオリ先験的・ライフルをモニュモニュッ! と乱射するが、ヒュームリオンに、スサッと回避否定されてしまう。


 モニュ! モニュ!『人の知覚には モニュ! モニュ!特定の方式がある モニュ! モニュ!その点を検討すれば良い』

 カントムの乱射。


 スサッ! スサッ!『純粋理性は スサッ! スサッ! スサッ!厳格すぎて実用に堪えない』

 ヒュームリオンの回避。 


 応酬。

 そして、互いの距離が詰まる。


「カントム先生! ライフルをブレードに変えて攻撃!」

『イギリス経験論ベースのモビル・ティーチャーをだな?』

「わかってきたじゃないですか! 先生!」

 コムロとの息が合いはじめたカントムが、剣の形にした青きア・プリオリ先験的・ブレードを振る。


「ヒュームリオン先生、懐疑を」

『それこそがわれである。……いや待て。我はだと言えるのか?』

「そこは疑わなくていいのに!」

 シュー・トミトクルは、新任の先生の癖の強さに、なんとか対処しようとしていた。


 ヒュームリオンが左腕の外側に、盾を出現させる。


 プポポポポ一太刀


 ギュムリ受け止め


 カントムが振ったア・プリオリ・ブレードは、ヒュームリオンの盾で受け止められた。


 ヒュームリオンは冷静に、盾を後ろに引く。

 まるでコマ送りのように、数々の段階を経ながら、徐々に無効化されるカントムのブレード攻撃。


 ――まるで、因果を、沢山の事象へと分解するかのごとく。


 そして最終的に、カントムのブレードは弾き返されるップイイイイイン!


『分割すれば、それぞれ、同じ事象とは限らない』

 ヒュームリオンが言う。


『悟性をどう考えるかである』

 先験的ア・プリオリへと話を持って行こうとするカントム。


『ア・プリオリな綜合そうごう判断だと? 全ては経験から生まれるのだ。因果律さえも』

 ヒュームリオンは、冷静に切り返した。


 そのように、論戦と物理的戦闘は、同時に行われていた。


 ◆


「敵もコムロも、何言ってるんですか!?」

 通信士用のヘッドセットを着けたモラウ・ボウは、(生徒搭乗者スチューロットの頭はおかしいのではないか)、と懐疑した。

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