04-5 窮地


「敵も味方も、何言ってるんですか!?」

 戦艦ハコビ=タクナイのブリッジで、通信士用のヘッドセットを着けたモラウ・ボウは憤慨した。


「本当に、何を言っているのかさっぱりわからないです! とても同じ生き物とは思えない」

 

「モラウ君。要は、パラパラ漫画と同じだという話を、コムロたちはしているんだ」

 艦長キモイキモイが、説明を試みた。 


「パラパラ漫画?」

 モラウは首をかしげた。


「そうだ。パラパラ漫画は、動いて見えるだろう?」

「動きますよね。学校でよくやりましたよ」


「そうか! じゃあイメージ持てそうだね。漫画を一枚一枚、分割して考えると、それぞれ違う紙に書かれた違う絵なわけだよ」

「それはそうですね」


「で、敵のモビル・ティーチャーは、『この世もパラパラ漫画なんじゃないか』と言っているわけだ」

「え? そんなわけないでしょう? 艦長。何言ってるんですか?」


「いや、そこの前提を全否定されると、どうしようもないんだが」

 丸顔の艦長はアゴをつまんで考え込んだ。


「この世がパラパラ漫画だとしたら、違うページに居る自分と、今の自分とが同じとは言い切れない。そこに哲学者ヒューム的な懐疑が生じる。そんな話をしながら、コムロ達は戦っているわけなんだが、……どうだろう? モラウ君」


 ミディアムヘアの少女は、ピンと胸をはって答えた。 

「さっぱりわかりません。この世はパラパラ漫画ではないです」


「ま、まあ、そうだけどさ……」

 丸顔の艦長は、弱々しい声音でそう言い、「ンーフ」と一つ、ため息をついた。



 ◆



 プポポ! プポポ! プポポ! プポポ!『人が、人として共通した方式で認識した範囲では プポポ! プポポ!成り立ち得るのではないか』

 カントムはア・プリオリ・ブレードを振った。


 スサッ! スサッ!『それは人の認識の スサッ! スサッ!中でのことだ!』

 至近距離からの刃の攻撃を、ヒュームリオンは高出力スラスターで素早くかわした。


 プポポ! プポポ!『例えば、船が川上から流れてくる場合、 モニュ! モニュ! プポポ!上流にある船の前に存在する下流にある船を想起できない。 モニュー! プポポーン!即ち時間は人に共通した モヒート! ポポポポーン!ア・プリオリな綜合判断だ』

 カントムは追撃し、さらにブレードを振る。少し距離が開いたらライフル射撃で攻撃の間をつないだ。


 スサッ! スサッ!『我を否定したつもりか』 ギュッ ギュッ ギュムリ!『時間という概念すら、 ン”ッ ン”ッ ン”ーッ!人の経験則にすぎない』スサッ! ン”ーッ! ン”ーッ!『時間はア・プリオリではない』

 ヒュームリオンは、カントムの攻撃をかわしつつ、盾で受け止めつつ、近距離から、禍々しいほどの破壊力を秘めたエネルギーボールおまんじゅうを投げつけた。両手での回転投げだった。


「うおわあああ!」

 コムロは素っ頓狂な声を出しつつカントムを操作し、エネルギーボールおまんじゅう|の直撃をかろうじて回避していた。しかし、すべてを回避できるほど甘くはない。本物のおまんじゅうでもない。


 ズモオ!?

 聞いた事のないような擬音が発生し、カントムが装備した盾の下部が、完全になくなってしまっていた。

 

「なんて威力だ!」

 コムロは、操縦桿をガチャガチャする。


「そちらはカントタイプだろう! ヒュームタイプには勝てまい!」

 シュー・トミトクルは、通称「おやつホルダー」から取り出したシュークリームを食べながら、ベタベタになった操縦桿に設けられたボタンを押し込んだ。


 ン”ーッ! ン”ーッ!

 ヒュームリオンの右手のエネルギーボールおまんじゅうが光る。


「ヒュームの哲学は、救いが無いんだよ!」

 コムロはフットペダルをフミフミする。

 ドシュウウウウウウ! 力押し的なスラスター 


「救いだと? そんなものが存在すると思っているのか! 何ッサールの話だ!」

 シューは、シュークリームを食べ続けた。操縦桿を紙でふいた。 


 スサッ!回避


「思うから、存在するんだろうに!」

 コムロは、我思う故に我有りデカルトを拡張して理解していた。


 フランッ反転! クフルッ姿勢制御! トクルクル錐もみ前進


「デカルトの真理はそうではない!」

 シューは通常の理解を示した。


 ン”ーッ硬直? ン”、ン”ーッ大仰な投擲体勢

 ヒュームリオンの右手のエネルギーボールおまんじゅうが光る。

  


『真実に目を背けてはならない。たとえ不都合な真実であっても』

 ヒュームリオンが至近距離から放った懐疑ボールおまんじゅうは、


 モッシュモッシュタノッシュー激しい衝突音

 カントムの青きア・プリオリ・ブレードとがぶつかる。



 通常、剣とおまんじゅうであれば、おまんじゅうが真っ二つにされるところではある。しかし、このおまんじゅうは高エネルギーの塊だ。おまんじゅうにグリグリと押される、ア・プリオリ・ブレード。そしてブレードは、カントムごと、後ろにッヴァイィィィン弾き飛ばされる


「くっ、そおおお」

 コムロはフットペダルの踏みを一旦緩め、そしめ、一気に底までベタ踏みにした。


 シュドドドドオオドオオいつもより出たスラスター


 カントムは力強く背面スラスターを噴射して減速。体勢を立て直そうと……そこに迫る、ヒュームリオン。


 コムロは操縦桿上部のスイッチを押さいた。ブレードがライフルに切り替わり、――乱射ズドド――牽制ポポポ。しかし、ヒュームリオンの前進の勢いは止まらない。


 ズオッ!

 ヒュームリオンが、至近距離まで接近。


「ちぃっ!」

 コムロはなおもフットペダルを踏み込みつつ、操縦桿を操作。右斜め上後方へとカントムを導く。


 左斜め下前方へと吹き出されたスラスター噴射のをくらっても、ヒュームリオンはひるまない。


「まずいな。援護射撃!」

 戦艦ハコビ=タクナイのキモイキモイ艦長指示の下、後部砲塔ミサイル4門が水平発射された。


「コムロ君、援護行ったぞ! およそ10秒後!」

「はい!」

 ミサイル到達にタイミングを合わせて、カントムも左右に小刻みに機体を振りながら後退。距離を取る。


「ちょこまかと!」

 シュー・トミトクルのその苛立ちは、敵の母艦ハコビ=タクナイへと向けられた。


「ヒュームリオン先生。敵戦艦を先に沈めよう!」

『なぜだ? 我が生徒搭乗者スチューロット、シューよ』


「戦艦からの砲撃援護が無くなれば、敵のモビルティーチャーを集中して叩けるからだ」

『その因果関係は、真とは言い切れない』


「ああもう! があれば、充分でしょうに!」

『実生活上では、そういう側面もあるな』


「その側面でいいから! 投げて! 懐疑ボールを!」


 ヒュームリオンのその懐疑的思考は、戦艦ハコビ=タクナイに、対応するための時間を与えた。


「艦長! 敵がそちらを狙っています! 凄まじい威力のやつです!」

 通信機越しに、コムロがそう伝える。


「全速前進しつつ、左後方からの攻撃に対処! 弾幕も後方に集中させろ! 後部ブロックにいる乗組員は、第3層まで退避! 至急だ!」

 鋭い指示が、キモイキモイから飛ぶ。


「いけ!」

 勢い良く、操縦桿のスイッチを押すシュー・トミトクル。


 ン”ン”ン”ン”ン”ーッおまんじゅうが! ン”ン”ン”ーッ大量に! 


「カントム先生! 撃ち落と・・」

 コムロの反応は間に合わない!


「きたぞ! 総員! 衝撃にそなえ!」


 ウウウウウウウウウウニョイ・ボウがモラウの恐怖に感応


ズゴゴゴ爆発――ゴゴルゴ爆発――ドコデモオオオ爆発――ドバアアア爆発――アアン!爆発



「きゃあああ!」

「後部に被弾!」

「被弾箇所の隔壁閉鎖! 消化活動急げ! すぐ次が来るぞ!」


 

ドドドア 爆発―― バアアン! 爆発 



「後部、更に被弾!」

「被弾状況はッ? くそっ、何て攻撃だ!」

「左舷後方、エンジン付近です!」

「被弾箇所の動力を切れ!」

「艦長! 推力20%ダウンします!」

「爆散するよりマシだ! 左右のバランスを取りつつ、最大速! 逃げろ!」


 与えられた状況の中で最善の行動を取ったかに見える、戦艦ハコビ=タクナイと、それを指揮する丸顔の艦長、キモイキモイ。


 しかし、敵の攻撃の破壊力は変わらない。戦艦の推力はダウンした。

 逼迫した状況は、なんら好転することはなかった。


(……次が来たらマズイぞ。防げるか?)

 艦長であるキモイキモイは、思った事を全て口に出せるわけではない。士気に影響する。


 キモイキモイは、言葉に出してはこう言った。

「大丈夫だ! 被弾前に、弾幕で撃ち落とせ!」


 ◆


 ヒュームリオンのコックピット内のシュー・トミトクルは、手応えを感じていた。


「次で仕留める。ヒュームリオン先生! 次の懐疑を!」

『次? 各事象の間に因果関……』

「主観的な因果関係で良いから! 次を!」

『ふむ。主観、ということであれば、我が意に反しない』


 ――カントムの生徒操縦者スチューロットの反応ですら、迎撃が間に合わない事は、先の攻撃で実証済みだ。


 ――いける!


 力を込めて、シュー・トミトクルは、操縦桿のスイッチを、再度押下した。

「絶望するがいい!」


 ン”ン”ン”ン”ン”ーッ!

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