04-6 ア・ポステリオリの力
「まて!」
ヒュームリオンの両手から打ち出された
(間に合わない!)
コムロの反応速度は、所詮は人間の域を出ないものだった。
懐疑ボールの更なる直撃を受け、爆発炎上するハコビ=タクナイのイメージが、コムロ少年の脳裏には浮かんだ。
凶悪なエネルギーボールは、カントムの横をすり抜け、戦艦ハコビ=タクナイへと――
プショ! プショプショ!
プショプショ!
『ほう?』
「なッ?!」
ヒュームリオンと、それに乗るシューの声がユニゾンした。
存在そのものを否定するような懐疑ボールは、ぶつ切りにされ、炸裂したソレが、宇宙空間に巨大な花火を出現させた。
カントムの機体は、ガクガクと激しく揺れた。
「なにがあったというのだ!」
必中必殺の自信を込めて放った
コムロの迎撃は、間に合わなかったはずだ。それは、コムロの力ではなく――
「カントム……先生?」
コムロのその問いに、彼が搭乗する思考金属ニョイニウムの塊が、紫色のブレードを携え、答えた。
『ア・ポステリオリ・ブレード』
その剣の色は、「青」から「紫」へと変化していた。
「後天的な」「経験的な」を意味する概念、「
『純粋理性の青に、経験の赤を混ぜわせたもの』
それが、ア・ポステリオリ・ブレードだった。
「イマヌエル・カントが、経験論だと!?」
シューの言葉と同時に、疑ボールを更に投げつける、ヒュームリオン。
ン”ン”ン”ーッ!
プショ! プショプショ!
コムロがその撃墜指示のための問答を始めるよりも早く、カントムは凄まじい速度で機動。迫り来る懐疑ボールを、紫色のア・ポステリオリ・ブレードで切り分けた。
『イマヌエル・カントも経験論に基づくか……興味深い』
ヒュームリオンは冷静に言った。
前史の哲学者イマヌエル・カントは、イギリス経験論のヒューマン哲学者ディヴィッド・ヒュームの哲学に出会い、『独断のまどろみから目覚めた』と述懐した。そして彼は、著書『プロレゴメナ』において、「ヒュームの
すなわち、カントにとって、ヒュームは、乗り越えるべき存在。
しかし、ならばどうして、「経験の力」であるア・ポステリオリ・ブレードを、カントムは具現化したのか?
自らも『コックでもわかる哲学入門』を電子出版した、パティシエ上がりの青年、シュー・トミトクルが、混乱するのも自然であった。
「どういうことだ?! 一体何が起こっている!」
そう声を荒げるシューの問いに、カントムは答えた。
『我は、イマヌエル・カント自身ではない』
「なに?」
『哲学者イマヌエル・カントは、我がベースにすぎない』
「なんだと!? ならば、誰だお前は!」
◆
この時。
コムロ少年は、カントムの回答を予期していた。
初めてカントムに搭乗した時、ニョイニウムの塊は問うた。
『我は、何者ぞ』と。
コムロは答えた。
「汝は、哲学的ゾンビなり!」と。
◆
この時、
少女モラウは、カントムの回答を予期していなかった。
初めてカントムに搭乗した時、ニョイニウムの塊は問うた。
『我は、何者ぞ』と。
モラウは答えた。
「小難しい事を言う金属でしょ? それ以外にあるの?」と。
◆
カントムの回答は。
コムロの回答とも、モラウの回答とも、異なるものであった。
『我は、
「え?」
「は?」
3度ずらしでハモったコムロ少年とシューは、数瞬、言葉を失った。
それは、あまりにも自明な回答であった。
そもそも、次世代の指導者を育てる
『
「な、なにを言って……」
困惑を隠せない、シュー。
『我が、2人目の
「わ、私?」
ミディアムヘアの少女、モラウは、ぽかんと開いた口を手でおさえた。
『我に搭乗し、議論を交わした人間。それは、
カントムが、息漏れのある癒やし低音ボイスで、そう語った。
「な! ……るほど。そういう――ことか!」
ピカカキ!
コムロの理解が、カントムのニョイニウムを鳴らす。
「仮言命法か! もし~ならば、の条件付きの行動! 自律でも、綜合判断でもないではないか!」
ナンダヨウ! ナンダヨウ!
シューの苛立ちが、ヒュームリオンのニョイニウムを鳴らす。
「私に分かる言葉でしゃべってちょうだいよ」
ドーン! ドーン!
モラウ・ボウのやるせない気持ちが、その手のニョイ・ボウを鳴らす。
『生徒を守る。それは、哲学者以前の、ティーチャーとしての、当然の我が日課である。……散歩と同様に』
カントムの穏やかな低音ボイスは、そう響いた。
――かつての哲学者イマヌエル・カントは、毎日決まった時間の散歩を欠かさず行っていたと言われている。
「……ふ、ふはは! いいだろう! 分かったよ!」
シュー・トミトクルは不敵に笑った。
「経験と、経験の勝負か! それならば負けん!」
シュー・トミトクルは、フットペダルを踏んだ。
――パティシエ時代の苦い経験。
――妹の事。
――今は考え事にふけっている、モビル・ティーチャー・デカルトンに乗り、カントムに挑んだ経験。
――新たなモビル・ティーチャー・ヒュームリオンとの議論。
彼のこれまでの経験を、ペダルに込めるように。
ドッシュウウウウウウ!
前進するヒュームリオンの手には、
接近戦には剣が有効であろう。
しかし、シューが新しく乗るモビル・ティーチャーと議論を交わした時、「剣」も「銃」も、ヒュームリオンに拒否されたのだ。
それを徹底する。
素手におまんじゅう。
ただし、「巨大な」。
既に、カントムの口に入るサイズを軽々と凌駕するほどに溜められたエネルギーボールを両手に持ち、それぞれ振り回した。
――いじめられっ子がキレたときのように。
そのスピードは凄まじく、本来は球体であるはずの巨大なおまんじゅうが、バットに当たった瞬間の野球ボールのように、にょんにょんとひしゃげた。
「正しい経験は、1つじゃないだろ!」
コムロは、カントムと共に立ち向かう。
紫色のア・ポステリオリ・ブレードを携えて。
ブレードを突き立てて突進するカントム。迎え撃つヒュームリオン。
コムロもまた、経験しながら思考を進めてきたのだ。
コムロは、圧倒的多数のマイケノレ・サンデノレ隊を経験した。
人を死に追いやる「戦争」について悩んだ。
モラウを救いたいと思った。
これらの経験は、決して、シューに劣っているとは思えない。
その先にあるのは。
ニョイニウムと交わした「思考総量」の勝負。
その点で、コムロに一日の長があった。
シューは機体の乗換えをしたばかり。いかにヒュームリオンが高出力機体であるとは言え。
衝突する、ヒュームリオン左手の巨大な懐疑ボールと、カントムが突き出すア・ポステリオリ・ブレードの先端。
一方、ヒュームリオン右手の、もうひとつの巨大な懐疑ボールが、カントム左側面のスキを狙っていた。
そして、ブレードによる突きの勢いをコマ送りのように吸収すべく、ヒュームリオン左手の巨大な
つるん!
刃を返すようにして、カントムはブレードの軌道を変えた。
カントムは、ヒュームリオン右手のカウンター攻撃を、体をよじりながらかわしつつ……
――ヒュームリオンの機体の……内側へと――
――さくさくっ。
カントムが突きだした刃が、ヒュームリオンに届いた。
『なんじゃあこりゃあ』
ヒュームリオンは、胸元をやられた時のお約束を、経験知として知っていたようであった。
「チッ! まずい!」
短く舌打ちするシュー・トミトクル。
ンンンンン…… ズオッ!
ヒュームリオンは、頭部の小さな
ヒュームリオンは、刺さった紫色の
「また……やられたか」
シューは、大きく一つ、ため息をついた。
『この損傷状態は、爆発が懸念される』
「先生。損傷と爆発との間の因果関係も、ヒューム的には否定されるのでは?」
皮肉のように、シューはそう聞いた。
『主観的な因果の話だ』
冷静なヒュームリオン。
「わかってますよ。俺の
『この戦いも、経験の一つだと思えばよいのだ。認識とは、主観なのだから』
「ヒュームリオン、あなたも先生なのですね」
シュートミトクルは、
――おやつでベタベタになった
ドシュウウウウウーー!!
「敵は――
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