第5章 アウフヘーベン

05-1 監獄の中で

 リバタニア軍の前線基地「ムー・ムラムラ」に収容されようとする、数々の艦艇。

 その中には、攻略戦艦ヤンデレンの姿もあった。


「まるで小惑星に、血まみれの包丁が突き刺さったみたいですね」

 基地警備兵の一人が言った。


「ヤンデレンって言うんだぜ、あの戦艦」

 基地警備兵のもう一人が言った。


「マジか。色恋沙汰の挙句に殺害沙汰になる結末エンドしか見えねぇな」

 基地警備兵の三人目が言った。


「友軍の寄港中に何を言っておるか!」

 ゴイン! バチィ! ドゴオ!

「「「ぎゅう」」」

 基地警備兵達を統べる、胸板の厚い士官の鉄拳が乱れ飛んだ。


 突き刺さった包丁の隅に穴が開き、そこに走路ベルトウェイが延びてきた。穴の中からは軍服の集団が、まるでアリの隊列のように出てきた。


 左右の手を頭につける、『おにぎりの敬礼』をしながら、戦艦の乗組員たちが、斜め下への並行移動状態で降りてくる。


「焼きおにぎりの工場みたいだな」

 ドムウ!

 基地警備兵の四人目は、士官からの無言の制裁を受けた。


 ◆


 式典会場は、だだっ広い屋内だった。

 やや暗めに調光された空間には、1ブロックを10脚x10脚の正方形に区切って、パイプ椅子が窮屈に並べられていた。そこには、坊主頭の艦長サン・キューイチ、パティシエあがりの男シュー・トミトクルの他に、とある黒髪の少女の姿も見られた。


 リバタニアの国歌「自由・自主・尊厳」が流れだす。


「総員、起立!」


 ガタガタガタガタッ!

 総員が起立し、直立の姿勢をとる。


 一際明るい壇上に、基地司令が登壇した。基地司令モナーク・イナバは偉丈夫であった。その長々しい演説には、個性のかけらも無かった。


(相変わらず、くだらない演説だ)

 シューはそう思いつつ、特段、反抗の素振りは見せなかった。

 式典会場に集った友軍の兵士達が、基地司令モナークの演説に、熱心にうなづきながら聞き入っていたからだ。


(この程度の煽動アジテートに、こぞって引っかかるか、どいつもこいつも)


「――出撃せよ! 栄誉ある、人類の為に! リバタニアの為に!」

 基地司令の号令。


 ズザザザザザザザッ!

 おにぎりの敬礼が一斉に行われた。


 さながら、おむすびの里。

 きのこの山でも、たけのこの里でもない。おむすびの里だ。

 いや、里ではない。宇宙基地だ。


 ◆



「正三角形の敬礼って、なんか変ですよね」

 戦艦ヤンデレンに戻る室内通路。その道すがら、黒髪の少女プティが、シューに言った。


 正三角形ではなく二等辺三角形だ、と言いたくなるのを堪えたシューは、

「そうか?」

 とだけ応えた。


「はい。だって、を上げる必要性が特に無いように思うんです。先日勉強した、前史の頃には、右腕だけで敬礼していたみたいですよ?」


「本来、どんな仕草でも良いのだ。兵士が皆、同じ行動を、同時に取れさえすれば」

 振り返りもせず言う、少し前を歩く艦長、サン・キューイチ。


「ベンサムとフーコーですね」

 シューがそう言うと、その左隣を歩く少女は首を傾げた。

「フーコー?」


「なんだ、プティは養成機関アカデメイアで習わなかったのか?」

「すみません、ベンサムは習ったのですが」


「プティは、急な採用だったからな」

「なるほど」

 サン艦長の言に、シューは小さくうなずいた。


「シュー、お前がプティに教えてやるといい。ベンサムとフーコーを」

「私が、ですか?」

「ああ。前に哲学の入門書を書いたことがあっただろう。養成機関向けのをな」

「確かに、書きましたが……」


「よろしくお願いします、シュー先輩」

 黒髪の少女は足を止め、屈託の無い笑顔を見せた後、丁寧に頭を下げた。


 彼らは歩いていたので、足を止めた分、プティは少し遅れ、小走りでシュー達のもとへと追い付いてきた。その仕草に、シューは懐かしいものを感じた。それは、かつて失ったものだった。


「……わかった。教えてやる」

「ありがとうございます!」


 通路の先には、攻略戦艦の腹の部分が見えていた。

 両腕を後ろに組んだ艦長、サン・キューイチは、振り向きもせずに言った。


「ヤンデレンは発艦する。監獄の話は、するんだな」

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