05-5 速度と加速度

弁証法―闘争―こそが、人類を真の真理へと導く唯一の方法である』

 ヘーゲイルが口火を切った。 


「戦えば悟るって! 要はそんだけだろうがよ!」

 赤神アカボズは、直感的に反応する。


「他の方法が無いと、どうして言い切れる?」

 コムロのその疑問は、カントムを形成する思考金属ニョイニウムに力を与えた。


『そのヘーゲル哲学自体も、何者かに否定されなければ、アウフヘーベンとはならない』

 カントムは、冷静に思考する。


「弁証法で真理にたどり着くまで何年かかる? その間、戦争がずっと続くんだろう?!」

 コムロはただ、幼馴染の少女、モラウ・ボウを助けたいのだった。

 それが、真理よりも優先すべき、彼の自律。


 交錯する思考と。

 身体を賭した死闘。


 そこに割って入り得る者は、存在し得なかった。


 ◆


「バカ利口たちがこじれると、ほんとやっかい! 何言ってるかわかんないし、戦いになるし!」

 モラウ・ボウのその言葉は、通信機のスイッチがうっかりオフになっていたため、コムロ達には届かなかった。


 ◆



 刃をぶつけ合いながら。


 議論をぶつけ合いながら。


 戦況万物変化流転する。


 紅潮していた赤髪の青年から、徐々に笑みが消えていく。


「……くっ!」


「なにっ!」


 驚きの声が、ヘーゲイルのコックピット内に響く。



 攻防が進む毎に、、カントムの反応。



「……どういうことだ!」

 困惑の表情を浮かべながら、アカボスはヘーゲイルとの問答を行う。

 ヘーゲイルは、三角柱の 上は三角 弁証剣 横は四角 で力を溜め、3連突きを放つ。


 しゃぁっー 突き -! しゃぁっー 突き -! しゃぁっー 突き -


 しかし。


 デデッ回避デデッ回避

 悠々とかわすカントム。


 ヘーゲイルの剣は、むなしく宙を突き刺すのみであった。



 シュドッ! スラスター  Z シュd……


 ブオンッ! ―振りかぶり― 


 ぷもももももももーん!  ―振り下ろし―  


 ジグザグ機動に入ろうとするヘーゲイルへの、カントムによるカウンターの一撃。



「くうっ!」

 余裕が消えたアカボスは、ついに、ヘーゲイルを跳躍させた。


 刹那、彼我の距離が開く。


 ドッシュウウウウウー!  ―スラスター音―  




 ――アカボスの視界に入ったもの。


 それは、純粋理性を示す「青」から、純粋理性と経験との融合を示す「紫」へと変化した、棒状物体。


「なっ!」


 数刻前を、なぞるように。


 ソレが通過する体積が、最小になるように。


 一直線に突き出されたのは。


 カントムが握る、紫色のブレード。


 それは。


 「紫」のモビルティーチャー、ヘーゲイルの腹部中央に。


 さっくりザザザザシュッ!


ぐええええええ!おなかいたい』 

 やはり、「やられた」という概念を理解していたのは、ヘーゲイルであった。


「な、なぜ……」

 アカボスの表情は凍りついていた。


「理解が、追いつかな……」



 そして――。






 ――無音――静寂――ドッ



 ドッドドドドウド  ―宮沢賢治風―  ドドウドドドオオン   ―爆音―   






 アカボスの視界が。


 宇宙が。


 白く、塗りつぶされた。





「……っ、ふうぅぅ」

 緊張で固められた息を、まとめて吐き出す、コムロ少年。


『学びの多い対象であった』

 低い癒し系ボイスで、カントムは言う。


「厳しい相手でした……カントム先生」

 コムロの緊張を示す前傾姿勢が、リクライニングへと変化する。コムロがシートに体をあずけると、それに感応してシートの硬度が変化。「やわらかふかふか」がコムロ少年を受け止めた。


「――すごい……人だったな……」



 赤髪の青年の、能動的な意志と、力への希求。

 敵の生徒搭乗者スチューロットからそれを感じたコムロは、素直に賞賛の気持ちを口にした。



 ――カントムも、ヘーゲイルも、人の思考を糧とする思考金属ニョイニウムで形成されていた。


 共に、優秀な生徒搭乗者スチューロットが搭乗していた。


 では、何が勝敗を分けたのか?


 それは、相手の思考を吸収し飛躍する力。

 すなわち、アウフヘーベンの



 いや、むしろ。



 




 赤神アカボスは、自らが練り上げた高機動戦法をカントムに全力でぶつけた。


 そしてコムロは、自己の不利を悟った。


 自己に足りない点を悟った。


 相手の攻撃の本質を、コムロが見抜いたピカカキッ!からだ。



(思考力だけではだめなのか!?)

 

 他者から受ける刺激は、疑問を生じさせる。

 疑問が与えられれば、解決法の模索へと、思考の舵が向く。


 その一連の思考ジャンプのにおいて、コムロはアカボスを、完全に凌駕していたのだ。


 そして、2体の機動哲学先生モビルティーチャー同士の、幾度にもわたる剣合の時が、情勢を。


 劣勢から膠着へ


 膠着から優勢へ


 そして――


 優勢から圧倒へと


 導いたのだった。


 白い爆発光が収まった地点には、絶対温度3K摂氏−270℃の黒が生じた。


  

 フロンデイア軍本体への合流を阻んでいた、強大な敵の消失。



 戦況が、動き出す――。

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