第2章 凡人と才人

02-1 託されたもの

「軍事機密に勝手に乗り込みやがって」

「素人の、しかもガキじゃねえか」

 幾人かの下士官に小突かれながら、コムロは戦艦の中をつれ回された。


 通路ですれ違う、夢見草サクラ色の軍服姿の男女は、総じて「迷惑さ8、好奇さ2」といった微妙な表情で、コムロの顔をチラ見して行った。


 一人だけ、例外が居た。

 『コイル・メット』と呼ばれるヘルメットを小脇に抱えた、優男だけは。

 なにやら笑みを浮かべ、すれ違いざまにコムロに小さく「やるじゃん」と呟き、通路の、コムロとは反対側の方向へと、優雅に歩き去っていった。


(モテるだろうな、今の人)

 場違いな感想を抱きながら、更に艦内を連れ回されたコムロ少年は、窓の無い一室に案内され、椅子に座らされた。


 下士官にギョロ目でにらまれながら、硬い空気に肩を縮こめていると、部屋のスライドドアがスッと横に開き、2人の男が入室してきた。


 ギョロ目の下士官は窮屈そうに敬礼すると、一言も発せずに退室していく。


 それを無言で見届けた後。

「君か。カントムを勝手に動かしたのは」

 小さな声で言ったのは、コムロから見て左側に立った、のっぽに眼鏡の、明らかに参謀タイプに見える男だった。


「すみません」


「上長の許可も無しに機動哲学先生モビル・ティーチャーを動かすなど、あってはならないことだ。ましてや民間人が。君はなぜ、あのに乗る事ができたのだ?」


「すみません」


「謝罪より、理由を言いなさい。君はなぜ、カントムの事を知っていた? 軍事機密だぞ?」


「……」

 コムロ少年は、うつむいて口をつぐんだ。

『父の資料を自宅でこっそり見た』などと、正直に話して良いのだろうか? 父の声望に傷をつけないだろうか?


「ま、そのへんにしておこうか。ビヨンド」

 コムロから見て右側に立った、丸顔で、ほおの赤い男が、その氷を融かすような声音で言った。


「しかし、キモイキモイ艦長」


「ビヨンド。もう調べはついているんだろう? あまり酷な事を聞くものじゃない」

 艦長と呼ばれた丸顔の男キモイキモイは、ノッポメガネの男ビヨンドから、コムロの方へと視線を移した。


「ホシニ先生の件は、本当に残念だったね。心中、お察しする」

 キモイキモイ艦長は、コムロに頭を下げた。


「いや、その」

 予想外の言葉を受け、コムロは困惑した。


「君のお父様、ホシニ先生は、非常に優秀な方だった。我が軍への貢献もひとしお。さすが、そのご子息なだけあるなと感嘆しているんだよ」


「その点は、私も同意致します。しかし、こんな少年に……」

 ビヨンドと呼ばれたのっぽの男は、口を濁した。


 丸顔の艦長は、ニコリとして言った。

「コムロ君が乗った時の、カントムの出力値を見ただろう? 理で考えられるビヨンドならわかるはず。この苦境時に、カントムを誰に任せれば、戦果のが最大になるかを」


「それは理解できます。しかしながら、正規生徒搭乗者スチューロットもおりましたのに……」


「その点は心配ないよ、ビヨンド。あのイケメンには別の任務があるから。フロンデイア軍が誇るスーパーエースに、楽をさせる訳にはいかないからな。ははは」

 丸顔のキモイキモイ艦長は、いたずらっ子のようにニヤリと笑い、部屋の隅に配置されたテーブルへと歩み寄り、備え付けのボタンを押した。まるで、ファミレスの注文時のようなボタンを。


 しばらくして、部屋の扉が再び開き、1人の人物が入ってきた。


「コムロ!」

 よく知った、少女のかわいい声だった。


「モラウ、無事で良かった」


「コムロも、ほんと良かった。生きて帰ってくれて」

 柔らかい髪の少女の目は潤んでいた。


「心配かけてごめん。あと、助けてくれてありがとう。モラウの陽動と、あのアドバイスがなければ、あの敵にられていた」


「え? 私、そんなことしたかな?」

 モラウのそのリアクションに、艦長達が、なぜか吹き出した。


「確かに、モラウさんはいいサポートでしたね。艦長」

「そうだね、ビヨンド。しかし『細菌兵器』とは恐れ入った。面白い発想だった」


「だって、敵軍の人が、『死に至る病』って言ったんですよ? 細菌兵器以外に無いでしょ?」

 モラウはムッとして言った。


 コムロ少年の知らない間に、モラウも交えて、なにやら話が進んでいるようだった。少年の表情でそれに気付いたキモイキモイ艦長は言った。


「あ、すまないコムロ君。元々は、カントムに無許可で乗った君を、モラウ君に止めてもらおうとしたんだよ。我が軍のシェルターに、ちょうどモラウ君が避難してきたものだから」


「えっ?! では、僕の行動は、完全に筒抜けだったということですか?」

 軍を甘く見ていたのかもしれない、と、コムロ少年は背中に冷や汗をかいた。


「いや。カントムのロットコックピットの顔認識機能で、君の素性を特定させてもらった。本来は、生徒搭乗者スチューロットの学習理解度を確認するための機能だったが」


「顔認識機能! そうか……。機動哲学モビル先生ティーチャー』ですもんね」

 コムロは納得気に頷いた。


 ……。


「生徒の反応を無視してただ知識を投げつけるだけの者は、『先生』ではない」

 それが、コムロの父親、ホシニ・テツの、生前の口癖だったからだ。


「カントムには」

 キモイキモイ艦長が、やさしい声音で口を開いた。


「カントムには、開発チームの一人であったホシニ先生の思想も反映されている。おそらくその辺りも、コムロ君が乗ったカントムの、高パフォーマンスの一因といえるだろう」


 館長のその言に、傍らの副官、ビヨンドも、小さく頷いた。

 その副官をチラリと見上げた丸顔の艦長は、視線をコムロ少年へと戻して、言葉を紡いだ。


「カントムに、乗ってくれないか? 私たち開拓民が、この苦境を生きのびて、未来を切り開くために」


 ――。


 その数秒後、少女モラウは目撃した。


 目を閉じて、深呼吸をした幼なじみの少年が、静かに、だがしっかりとした目で艦長を見、そして応えるさまを。


「はい。ただし、モラウ達と生きるために」

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