03-4 優勢
カントムと呼ばれる金属の塊は、ポン・デ・リングのような輪状形態から、戦闘形態へとモーフィング変形しつつ、ベルトコンベア床を移動していた。
その塊へと向かっているのは、ぼさぼさ髪の少年、コムロ・テツではない。
ミディアムヘアーの幼馴染の少女、モラウ・ボウだった。
重力区画と無重力区画とを隔てるハッチの直前でキックボードを降りたモラウは、壁を蹴り、空中を遊泳した。射出台に向かうカントムに飛び付き、コックピットに潜り込み、火を灯す。
「!! カントム、起動しました!」
オペレーターからの報告を携帯通信機越しに受け取った艦長、キモイキモイは、目を丸くした。
「誰が動かした!?」
「カントム内サテライトモニタ確認……モラウ・ボウです!」
「なに? オペレーター、至急、通信回路を開いてくれ。カントム内と、私との回路をだ」
「……繋がりました!」
「モラウ君、何をする気だ? カントムから降りるんだ!」
「コムロが貯め込んだエネルギーがあるんですよね? なら戦えるはずです。私の方が、カントムと話が噛み合ってますし」
「モビルティーチャーの扱いはそんな簡単じゃない!」
「コムロの近くで訓練を見てました! それに、今のコムロは、考え事してて、現実には戻ってこれないから! 幼馴染の私には分かるんです!」
「それはわかるが、とにかく、待つんだ!」
『我は、何者ぞ』
カントムの問いかけが始まってしまった。しかし――。
「小難しい事を言う金属でしょ? それ以外にあるの?」
『ま、まぁそれも正解だ』
少女モラウの回答に、珍しく、どもった、低いウイスパーボイスが響いた。
モビルティーチャー、すなわち機動哲学先生は、生徒の意見を頭ごなしに否定などしない。
主体によって物の見え方が異なる事が在る。
その事は、カントの思想にも合致し得るものだ。
丸顔の艦長の静止を聞かず、モラウボウは、戦艦から急速発進していった。
◆
「ぶつぶつ……社会契約説だというなら、戦争で人を殺すのも、契約のうちなのか? そんな合意、僕はした覚えは無い。そもそも、僕が生まれた時から、社会があったじゃないか。どうやって、生まれる前に契約できるっていうんだ……」
ドギャア!
ものすごい衝撃が、コムロの外から加えられた。
反動で、壁に激突する。
「な、なんだ? この痛みは……。艦長?」
コムロの顔を殴りつけたキモイキモイ艦長の丸顔は、申し訳なさそうにゆがんでいた。
「思索にふけっている場合じゃない。モラウがカントムで出撃したんだ」
「えっ!? 何が?」
「敵が来て、モラウが出撃したんだよ。君の代わりに! このままだと……」
「そんな! ありえない!」
ようやく事態を把握し、慌てふためいたコムロは、壁際から急に立ち上がろうとして、ブースの角に、足をしたたかにぶつけた。
◆
「どっちが上で、どっちが前なの? 目がぐるぐるする……。気持ち悪い……怖い……」
発進と同時に宇宙空間に放り出された、少女モラウボウとカントム。
搭乗した
発進して1分後――
ある光点が、左前方から現れた。
マイケノレ・サンデノレ隊のおよそ3.14倍のスピードで接近する敵。
ノーマル・コック・ボウをかぶった青年、シュー・トミトクルが駆る、モビル・ティーチャー・デカルトンであった。
「見つけた。この前の借りを返す」
シュー・トミトクルが乗ったデカルトンは、カントムへと進路を変え、推進紛を大量に放出した。
「敵?」
敵接近を知らせるカントムのアラームが、
「カントム先生、迎撃して! 突撃してくる相手を、この前の、一番硬い棒で切るの!」
『この前とは?』
「アプリなんとか、ってのがあったでしょ! 覚えてないの?」
『ア・プリオリ・ブレードのことか?』
「それ! それを出して、それで敵を斬る! 真っ二つに!」
『それは、自律的な行動とい……』
「ごちゃごちゃ言わずに行動する!」
『いや……それは、自律的な行動と……承知……』
◆
「ほう?! 敵の反応が早くなっている! モビル・ティーチャーとの対話が、スムーズに進んでいるのか?」
デカルトンを駆るシュー・トミトクルは感嘆した。
「しかし……この遠距離で、射撃武器ではなく、ブレードとは。敵の
嘲笑しながら、シューは、自らが乗るモビル・ティーチャーに対して、対話を開始した。
「デカルトン! ワレモノを、相手に向けて発砲!」
『ワレモノとは、我そのもの、のことか?』
「……そっちじゃなくて! 我の『
『ワレモノ・ライフルのことだな』
「わかってるじゃないか! それ! それを敵に向けて撃ちながら肉薄!」
『肉とは? 前方にいる対象は、肉ではなく金属で形成されているようだが……』
「ああもう!」
遠距離でのワレモノ・ライフル発砲を試みたシュー・トミトクルのあては、外れた。
言葉の定義に異常な程に敏感なデカルトンとの意思疎通を、シューがどうにか確立している間に、デカルトンとカントムとの距離は接近していた。すでに、射撃用武器から、接近戦用武器の間合いへと移行している。
「しょうがない。ワレモノを、斬る為の武器として用途変更! つるぎとしての我だ!」
『時に、我がスチューロット、シューよ。実存と、本質では、どちらが勝るのだろうか?』
「こんな時に、サルトルかよ!」
―前史のフランスの哲学者、ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルは、「実存主義」を唱えた。
実存と本質とは、どちらが先か? という問いだ。
例えば、はさみは、「切る」という用途が先にあって、その機能を実装するために、はさみが製造される。
つまり、はさみの場合、「本質」が「実存」より先にあるのだ。
一方、人間はどうだろうか?
先に、「用途」が定められて、生まれてきたのだろうか?
我思う故に我ありの「ワレモノ」の場合は、どちらが先だろうか?
少なくとも、用途が変わるこの武器は、実存が先と言えるかもしれない。
それはもうわかったから、いいから戦え。
シューはそんな苛立ちを隠せずにいた。
「カントム先生、応戦!」
『……承知……』
コムロの夜通しの蓄積による思考エネルギーが乗った、青きア・プリオリ・ブレード
vs
サルトルの「実存主義」についての考察エネルギーが載った、ワレモノ・ブレード
「なんという出力だ!」
シュー・トミトクルのひたいに、冷や汗が流れた。
カントムとデカルトンは、互いのブレードを3合程、打ち合わせた後、スラスターによる押しあいへと移行した。
しかし、蓄積した思考エネルギーから生じる、出力に差があった。カントムの方が、スラスターからの推進粉の噴射を頑張ったのである。
「ぐ、ぐううう!」
後ろへと押されるデカルトン。
押しこみあいで優勢なのは――カントム。
シュー・トミトクルが操縦するデカルトンは、カントムのブレードに込められた力を、斜め右上へと受け流した。
後退するデカルトン。
「押してる! カントム先生、追撃!」
『……承知……』
少し距離が開いたデカルトンへと突進し、間合いを詰めるカントム。
モラウは、全てをカントム先生に任せた。
「このまま追い返すの! この、目の前の敵を!」
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