03-5 もっと思考(ひかり)を!

 


 ハアハアと息を切らせながらブリッジに戻った、艦長のキモイキモイと、その後に続くコムロ・テツ少年。キックボードが宙に浮かぶ。


「艦長」

 副長のビヨンドが、背筋を伸ばして言った。


「遅くなってすまなかった!」

 そう言うキモイキモイは、ブリッジを離れていた間も、オペレーターの報告を携帯通信機経由で聞きながら、クルーに矢継ぎ早に指示を出していた。


 すなわち、可能な限り早く、カントムを帰艦させ、敵モビルティーチャーには、艦砲射撃で防衛対応する。



(僕が出撃していれば、モラウを危険にさらすことも無かったのに……)

(考えすぎていたのか、僕は……。しかし、人を殺める事は……)



 ガシッ! 


「良いか? コムロ君」

 内なる思考の世界に再び旅立とうとするコムロの肩を、両手でがっしりと掴んだキモイキモイの手には、大きさと、力強さがあった。


 艦長は、コムロの身長に合わせてすこし頭を下げ、コムロの両目をまっすぐに見た。


「今の、君の思考は、カントムのエネルギーチャージに、何ら貢献しない」

 ゆっくりと、力強く、コムロに染み込ませるように話す、キモイキモイ艦長。


「考え事は、後からゆっくりで良いんだ。だから今、君のその思考力は、『これからどうすべきか』に使ってくれ」


 ブリッジに居るクルーも、艦長とコムロを見ている。

 一部には、艦長たちから目を背けている者も居た。


「このままでいいのに。優勢なんだし」

 と、小声でつぶやく者も居た。


 実際、カントムは敵のモビルティーチャーに対して優勢なのだから。


「僕は……」

 コムロは呟く。


 コムロがカントム先生から問われた「自律」と「他律」の問いの答えは、まだ出ていない。


 でも今、優先すべきことがある。

 モラウを安全に、戦艦まで帰艦させること。


「……通信士用のヘッドセットを貸して下さい」

 コムロはそう言って、ヘッドセットを借り受けた。頭に装着する。


「僕が、モラウとカントム先生を誘導して、ここに連れ戻します」


 ◆


 ドドドドシュウースラスター音


「帰ってください! 呼んでません!」

 モラウの声に応じるように、繰り出される青きア・プリオリ・ブレード。 


 突進の勢いも、そのブレードに乗っている。


 必殺の一撃!


 ――に、なるはずであった。



 ぷにょ? 剣の一合  にゅぽぽおいおいっ! 弾き返し 


 ア・プリオリブレードが、デカルトンのワレモノ・ブレードによって弾き飛ばされる。


「どういうこと?!」

 モラウは困惑していた。


「パワーダウンだな!」

 俄然がぜん勢いを取り戻す、シュー・トミトクル。


 先刻まで押され気味であったシューの引きつった表情には、笑みが戻った。


 ぽむっ足蹴! ぽむっ足蹴! 

 デカルトンの強烈な前蹴りが、カントムに2回ヒット。

 

「キャアアアア!」

 後ろに吹き飛ばされたカントムの中で、モラウは悲鳴を上げた。


「距離が開いたぞ。前進!」

 ドドドドシュウー!スラスター開放


 前蹴りによって後方に飛ばされたカントムを追うように、距離を詰めるデカルトン。


「ワレモノ・ブレードで斬撃!」

『ブオン』


 ぽにゅーん! 斬撃 


 デカルトンが、耳元で囁かれたら耳が妊娠してしまうかのような声で発声した「ブオン」という音とは異なり、実際の斬撃音は、ぽにゅーんと響いた。


 ◆


「蓄積した思考エネルギーが、枯渇し始めたんだ」

 キモイキモイ艦長は、状況の切迫を把握していた。


「まずいですね」

 ビヨンド副長は、眼鏡の奥の目を細めた。


「ああ。カントムを形成する思考金属ニョイニウムは、生徒搭乗者スチューロットの思考からエネルギーを生みだす。継続した思考注入無しでは、『ただの塊』に成り下がってしまう」


「いかがいたしましょうか。艦長」


 キモイキモイは、ヘッドセットを左手で握った。


「砲手、敵の『外側』をピンポイント攻撃できるか。当たらなくていい……いやむしろ当てるな。カントムに命中したら、モラウ君ごと宇宙のチリにしてしまう。牽制だ。今すぐ!」


「モラウ君! カントムのエネルギーが足りない。考え事をしつつ後退してくれ! レーザー射撃で援護する」


「コムロ君。モラウ君に思考をさせるんだ!」


 間髪を入れず、


「ラジャー!」

 砲手が即座に対応する。


「えっ? は、はい! わかりました!」

 ピンチになったモラウも、艦長に従う。


「了解です」

 コムロは元からそのつもりだ。


 シュワーーーーーー!

 シュワーーーーーー!

 シュワーーーーーー!

 シュワーーーーーー!


 戦艦ハコビ=タクナイから4門のレーザー砲が発射された。


「うおっと、当たるかよ!」と、シュー・トミトクル。

 大した回避運動も必要とせず、デカルトンの横を外れ、通過していくレーザービーム。


 コムロ少年は、キモイキモイ艦長の意図を正しく理解していた。


「モラウ。カントム先生と、議論するんだ!」 


「そんな小難しい事できないよ! コムロじゃないんだから」


「いつも僕の話を、横で聞いてるだろ! 何でもいいんだ! 考えて!」


「わかんないよ!」

 モラウのポケットに小さくまとまったニョイ棒が、困惑を示す「モゲゲゲゲー!」という音を発した。


「モラウ、それだ! 君にとって、棒ってなんだ!? いつも貰う棒は四角いか? 丸いか?」

「えっ! わかんないってば!」


「四角い棒と丸い棒とが両立する瞬間があるんだよ! アウフヘーベンだよ! ヘーゲルの! 異なる命題が同時に真となる新しい解釈を見つけd――」


「小難しい話しないでっ!」


 きゅるるるるん……。

 ニョイニウムへの思考注入が上手くいかず、減速するカントム。


 デカルトンは、その隙を逃さない。


 ――肉薄――


 いや。


 ――金属薄――


「死に至る病を、喰らうがいい」

 シューの、勝ち誇るような声と共に。


『ブオンブオン』

 ぽにゅにゅにゅーん!  強・斬撃  


 デカルトンの一撃が、カントムの頭上に舞い降りた。

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