05-3 赤神

 前方を遮る敵陣に飛び込んだカントムは、破竹の勢いで進んだ。


 グググ急制動ギューーーン! ―急上昇―  ズバアアアアアアアアア! ―ア・プリオリ・ブレード― 


 ドドゴゴオオン! ―爆発四散― 

 青い刃が通った後には、赤い爆発光の花が咲く。


 突如、目の前に現れた戦艦に対しても。

 カントムは怯まず、即座に下へと転ずる。敵戦艦ギリギリをかすめ、くぐるように飛行し、ア・プリオリ・ブレードで切断。


 ドドゴゴオオ 爆発―爆発― オオオオオオン! ―爆発―残滓 


 ポコポコッ!  ―脱出ポッド―    ポコッ! ポコポコポコッ!  ―タマゴ風味―  

 轟沈する敵戦艦から脱出する、敵乗組員が乗った小型脱出艇は、卵のようだった。


 人道の下、戦闘能力を失った敵兵に対しては攻撃をしないよう、軍上層部から厳命が下されていた。しかし、そんな指示が無くとも、無抵抗の者を殺戮する趣味の者など居ない。 

 

 ダッフン、ダッフン!

 カントムのセンサーが、右斜め上、前方方向の戦闘について警告アラームする。


『思考力の高いモビルティーチャーのようだ。我が生徒搭乗者スチューロット、コムロよ』


「そうやすやすと突破させてはもらえないか」

 そう言って、アラームの鳴る方向へと、コムロは舵を切った。

 無視して通過してしまうと、後方の母艦、ハコビ=タクナイを狙われる可能性が高い。


 ……そして、赤紫色の、1機の機動哲学先生モビル・ティーチャーが眼前に現れた。


 ◆ 



「歯ごたえありそうな奴が来やがったな!」

 赤いツンツン髪が揺れる。

 大きな笑み口から犬歯がこぼれる。


 彼の名は、リバタニアの生徒搭乗者スチューロット、アカボズ。


「いくぜ? ヘーゲイル先生。


『了解した』

 赤紫色のモビルティーチャーが、短く返答する。


 ――前史の哲学者、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの名を冠する、赤紫色のモビルティーチャー、ヘーゲイル。


 ゲオルクは強そうだ。

 ヴィルヘルムとフリードリヒは、王宮に居そうだ。 

 しかし、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは、「1人」の哲学者の名前であった。


 ヘーゲイルは、三角柱状の剣をブンッと振り、カントムへと向かって来た。


 ぶにょおおおおおん! ―剣合わせ― 


 一合目は互角、いや、カントムが力勝ちしている。


「……やるじゃん!」

 アカボズは言って左腰あたりのレバーを引く。


 アカボズが駆るモビルティーチャーの、左半身の急制動ギニャー


 そこから生まれる、反時計周りの回転運動クルクル


 その回転をきっかけに、右足を伸ばすニョキッ、へーゲイル。


 その足は、カントムの左腰あたりにヒットドギャア!


 ――相手との距離を開ける為ではなく、相手の態勢、角度を崩す一撃。



「ちっ!」

 コムロの舌打ち。


 ドッシュウウウウ毎度おなじみスラスター

 体軸を立て直している余裕はない。ネジを外す時のドライバーのようにグルグルと左回転しながら、斜め後方へと跳ぶカントム。


 敵の追撃を予想したカントムは、青く光るア・プリオリ・ブレードを眼前に「置く」ように配置し、敵の三角柱状の剣の迫り来るであろうコースを塞いだ。



「ハッ、甘い甘い!」


 シュドッ! スラスター  Z シュドッ! スラスター  Z シュドッ! スラスター 


 ヘーゲイルは短く断続的にスラスターを噴射し、左右ジグザグ機動によりカントムを幻惑。「振り下ろし」「切り払い」ではなく、剣が通過する体積が一番小さくなる「突き」を選択。カントムの右脇腹付近を狙ってくる。


 カントムの左半身側が狙われたのであれば、ア・プリオリ・ブレードを押し出すようにして敵の突き剣に当て、押し弾くことができたはずだ。


 しかし、回転運動中で露出しつつある脇腹付近への突き攻撃が、カントムに迫る。


 カントムはブレードを持った、やや延ばした右腕を、急速に折りたたみながら後ろへと引く。フィギュアスケート選手の旋回初動と同様に、反動を使い、反時計回りの旋回速度をつつ、かろうじてア・プリオリ・ブレードを、敵の突き剣に背中越しに当て、敵の剣先をそらす。


 しゅごっ!


 三角柱の剣がカントムの脇腹後方をかすめる――が、貫通はしない。


 シュドドドドドドスラスター

 カントムはそのまま方向を転じる。スラスター全開で「前方」へと飛ぶ。

 


「やはりそうくるよな! お前、戦い方がわかってるよ!」

 赤髪の男の犬歯が光る。

 カントムの次の動きを予期していたかのように、後背から追撃に入ろうとするヘーゲイル。


 そこに、母艦ハコビ=タクナイからの牽制攻撃。

 シュバアアア!!

 カントムとヘーゲイルとの間に空いた僅かな空間へと向けて、のように放たれたものレーザー


「敵さん、いいタイミング!」

 赤髪の男、アカボズには、大して焦った様子もない。


 シュドッ! スラスター シュドッ! スラスター 

 前方へ2回の断続的スラスター噴射で、ヘーゲイルに軽く制動をかけ、その待ち駒レーザーをやり過ごす。


 虚空を遠ざかり、冷たい空に消える、励起されたエネルギーレーザー


 仲間の貴重な時間稼ぎに助けられ、からくも安全距離を取ることの出来たカントム。


「……格闘慣れした奴だ」

 冷や汗をかきながら、コムロが言った。



 対する、アカボズは、勝ち誇るように言った。

止揚アウフヘーベンが足りないんだよ!!」



 彼こそは。


 『リバタニアの兄弟神』と恐れられる、エース生徒搭乗者スチューロット兄弟の、弟。


 『赤神』、ウィルヘルム・アカボズであった。

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