00-3 金属は人間か?
帝国軍が所有する図書館は、大きな森の中にあった。
リバタニア帝国の首都『リバロライ』から、車で1時間半の距離。外壁にはツタが張り、建物を覆い隠さんとしていた。
そこへと向かうオーイ教授の車には、今日の予定をどこから聞きつけたのか、ケイ・アササギ青年も同乗していた。
「ケイ君。リバタニアの上層部は、既得権益しか頭に無い」
「たしかに、そうみたいですね」
「ニョイニウムを宇宙で採掘しているのは我々リバタニアではないというのに」
「ええ、そうですね」
「金も情報も、強者に集まるのが資本主義であり、それ自体は否定しない。しかし、バランスを考えず、強者の自由のみを希求するからこうなる。疫病、戦争」
「わかります、わかります」
前部座席で、教授の愚痴に付き合わされることになったケイ青年は、話を受け流すのも一苦労だった。
「いつだって、犠牲になるのは……」
と言ったきり、オーイ教授の口は止まった。
教授もまた、その先にある不都合な真実を直視できない程に弱かったからだ。
「すー すー」
後部座席から寝息が聞こえる。少女カナン・ヒガシノは、教授とケイ青年の小難しい話からは、早々に脱落していたのだ。
少女カナンは、いつもの『軍服未満』なユニフォームとは異なっていた。
ダスティブルーのニットから白シャツの襟がはみ出て、紺のミニスカートが、シェイプした太ももを映えさせる。そんな服装の彼女は、両手をちょこんと膝の上に置き、車の後部ドアに寄りかかって、夢の世界へと旅立っていた。
オーイ教授とケイ青年とは、後ろをチラ見して、ふふっと同時に笑った。
◆
林を抜けた車は図書館に到着し、3人は地下の作業空間へと潜った。四角い柱がズラリと並び、地下空間を天井高く支えている。リノリウム床の、だだっ広い空間だった。あちこちに本棚がそびえ立ち、通路は広く、キャリーカーも通行している。移動を効率化するための個人乗りキックボードも、あちこちに配置されていた。
教授達が向かった北フロアのD2ブロックに、『ニョイニウムの塊』があった。凹凸の少ない、のっぺりした巨大な塊が、大型キャリーの上に横たわり、あちこちから伸びた光ケーブルが、塊に刺さっていた。
「へー!
と言うカナンに、オーイ教授は答える。
「知の注入が終わってからだ。注入した思考に応じて、見た目が変わる」
「……まるで、金属に自我があって、その性格が表に出てくるみたいですね」
とケイ青年が冗談めかして言うと、カナンもふざけたように言った。
「『大人になったら、自分の見た目に責任持て!』みたいな? 人は見た目が300%とか言うアレ?」
「前者はそうだけど、後者は3倍になってるぞ」
「その前に。そもそも、ニョイニウムの塊に自我が在る事を、立証できないだろう?」
教授は、『オーイの苦笑』を見せた。
「あの、教授。ニョイニウムから、まるで人間であるかのような返答が帰ってきた場合は、どうなります?」
優等生のケイがそう聞くが……。オーイ教授の目が、少し険しくなった。
「人間ですら、時に違う回答をするのだが? また、ニョイニウムが、人間と同様の受け答えをしたとして、ソレが『哲学的ゾンビ』ではないと、言い切れるか?」
「うーん……」
ケイは話の展開ににわかについていけず、必死に頭の中を回しているようだった。しかし――。
「ゾンビですか? 怖いのは勘弁してほしいな」
無邪気に放たれたカナンの言葉で、場が弛緩した。
オーイ教授は、ハリネズミ状にケーブルが刺さったニョイニウムの塊から、カナンのぱっちりした目の方へ向き直った。
「ホラー映画で見るゾンビではないのだ。哲学的ゾンビとはな。物理的化学的電気的反応としては人間と同じであるが、
教授はすこし考えてから、オーイの微笑をひらめかせ、言い直した。
「……要は、『人と同じ挙動をする、弱い人工知能』だな。昨日の宿題をやってきたカナンなら、意味は分かるだろう?」
「う、う……」
途端に口ごもるカナン。彼女の大きな目は、苦しげに細くなる。
「教授。カナンをあまりいじめないで下さいよ」
「ははは」
すると、落第生だといつも胸を張るカナンは、思考のオーバーヒートを起こしたらしく、とんでもないことを言い出した。
「あー! もう面倒くさい。ニョイニウムは人間ってことにしちゃえばいいんじゃないです?」
「ぬ?」
教授は……なぜか絶句した。
「いやいや、人間と呼ぶには、ニョイニウムに意識があるか分からないから、まずはそこに躓いているわけで……」
と、ケイが言うが――。
「じゃあさケイくん。
「それは……」
口ごもるケイ青年。
……オーイ教授は、渋面になって言った。
「意識の有無を外から証明できない点で、人間とニョイニウムとは実は同等だ。デカルトの『我思う、故に我在り』は、内からの存在証明にすぎないからな」
ケイ青年は、混乱したような表情で聞く。
「待ってください、教授。それでは、人間もニョイニウムも、等しく人間である、あるいは人間ではない、ということになりませんか?」
教授は――。
首を「横に」振った。
「いや、そうはならない。なぜなら、『ニョイニウムは人間ではない』と、人間が決め付けるからだ。自分にとって気持ちの良い線を根拠なく引いて、相手を区別することは、人間の得意技だからな」
「はー、だからですかねぇ。争いが絶えないのは」
と、肩までの髪を小さく揺らしてカナンが言う。
「無駄な仕切りなのだよ。届く世界と、届かない世界との間にある壁、以外はな」
その時。
「オーイ教授! いらっしゃいますかー?」
と、遠くから、司書の声がした。
「部局よりお電話が入っております」
「なんだ? ……あ、そういえば、ニュースの取材予約が入っていたな。スマートフォンに連絡してくれれば……おっと、研究室に忘れて来たようだな。君たち2人は、ここで待っていてくれ」
教授は、司書のところへと面倒くさそうに歩いていき、ニョイニウムの塊の前には、少女カナンとケイ青年とが残された。
「教授さぁ。たまーにおっちょこちょいだよね」
カナンが言って、後ろを振り返る。今日は後ろで止めていない、肩までの髪がふわりと揺れる。
「考え事ばかりしてるから、日常生活には無頓着になってるんだよ」
ケイ青年は、うなずいて言った。
『……ぞ』
『……のぞ』
『……ものぞ』
ニョイニウムの塊から、何かが聞こえてくる。
「ん? ケイくん。この声、なんだろうね」
言って、ちょっと恐々と、その塊へと近寄るカナン。
「おい、カナン。ニョイニウムに勝手に触ったら怒られるぞ?」
「えー? 大丈夫でしょ。教授も居ないし」
ウインクしたカナンが、寄りかかるように塊に手で触れると、その塊は、ニョイーンと音を立て、カナンが触れている箇所を中心に、急激にくぼみを作った。
「えっ?!」
塊に体重をかけていたカナンは、
「カナン! 大丈夫?」
「いたたた……。うん、大丈夫だけど……急になんなのこれ?」
そして、謎の言葉が、彼女の耳に、ついにはっきりと聞こえた。
人ではないことにされているニョイニウムの塊は、こう言っていたのだ。
『我は、何者ぞ』
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