01-4 デカルトン、攻撃


「カントム……イマヌエル・カントを積んだ機動哲学先生モビル・ティーチャーか」


 コムロ少年は、バッグの中から哲学書を出す……までもなく、即座に名を想起することができた。『昼行灯の天才』と呼ばれた父親、ホシニ・テツの薫陶くんとうよろしきを得ていたからだ。


 イマヌエル・カントは、前史の地球に存在していた国家、プロイセン王国(ドイツ)のヒューマン哲学者である。『純粋理性批判』等を発表し、認識論における、いわゆる『コペルニクス的転回』をもたらした人物として知られている。


 なお、前史の資料によると、エマニエル夫人との関連は、明確にはされていない。


 ◆


「まだ動くのが居る。おかっぱの、特徴的な奴が」

 敵が、動き始めたカントムに気づいた。

 空を征く巨大な人型金属塊は、旋回から一転。カントムに向かって直線コースで降下してきた。


 スホホホホホホ降下音


「なんだ!? ヒゲのポンデリング髪が、近づいてくる」

 コムロ少年からは、敵機はそのように見えていた。

 その敵機は、起動哲学先生モビル・ティーチャー、「デカルトン」であった。


 ルネ・デカルトは、前史地球の国家、フランス生まれの哲学者、数学者であった。合理主義哲学の祖として知られる。


 その名を冠する機動哲学先生モビル・ティーチャーを操るは、リバタニア軍の生徒搭乗者スチューロット。『パティシエあがりの男』、シュー・トミトクルだった。


 細面のシュー・トミトクルは、ライフルのトリガーを人さし指でカチャリと引いた。



 ワレワレワーライフル発射音



 ズドウズドウズドウ地に着弾した音



 降り注ぐシャワーのようなライフル弾から、カントムは辛うじて直撃を免れていた。コムロの操縦技術の結果ではなく、双方の距離がまだ離れていた事と、この射撃が威嚇いかく射撃にすぎなかったからである。


 リバタニア軍のシューは、カントムを射程距離に捉えた事を計器類で確認してから、通信回路を開いた。

「フロンデイアの生徒搭乗者スチューロットに告ぐ。次は当てる。大人しく投降するなら良し。さもなくば……」


「さもなくば、なんだってんだ!」


「死に至る病を、食らわせる」

 ジュドッ着地! カチャリライフル構え

 デカルトンは、両足を開いて台地に着地した。


「料理だけにしてくれ! 食らわせるのは」

 コムロはそう悪態をつくが、彼は今まさに、機動哲学先生モビル・ティーチャーに初めて搭乗したばかりである。操縦も覚束ない。至近距離から、敵のライフルの銃口が、日を反射して光る。


「くっ」

 危機にあることを、コムロは認識していた。



 その時。

 コムロ少年とシュー・トミトクルとの耳に、場違いな女性の声が、通信機越しに届いた。


「死に至る病!? 艦長さん大変です! 敵が、細菌兵器を使うようです!」




「え?」

「え?」

 見事に3度ずらしでハモる、コムロ・テツ、および、シュー・トミトクル。


 

「その声は、モラウか? 無事だったか!」

 と返すコムロの安堵の声に。


「誰だお前は! 『死に至る病』とは、『絶望』の事に決まっているだろう」

 シューのやや困惑したような声がかぶる。


 通信機越しの女声の主は、コムロ少年の幼馴染、モラウ・ボウであったのだ。敵軍のシューが、彼女と面識を持たない事も明白である。


 少女モラウは通信機越しに、も忘れて激昂した。

「だったら、最初から絶望って言えば良いじゃない! 何なの死に至る病って! 中二病? 難しい話はしないでって、いつも言ってるでしょ!」


「いや、私はそんな事、一度も言われた事が無いのだが。そもそも、誰だお前は」


「あなたこそ、誰なのよ!」


「私はリバタニア軍所属のシュー・トミトクル。この星に眠る思考金属、ニョイニウムの接収に……いや、答える義務は無い。そもそも誰だお前は!」


 リバタニア軍のシューの気が、少しの間だけ逸れた。

 その数瞬は、戦闘に不慣れなコムロ少年に、貴重な「考える時間」を与えた。


(武器は無いのか?)

 焦りながらも、カントムのコックピット内を探るコムロ。


『武器とは、どのような概念であるか?』

 カントムの低い癒し系ボイスが、コムロにそう問いを発した。


「武器も知らないのか!?」


『我が認識する武器の概念。そして、汝が認識する武器の概念。双方が同一の対象を指すとは、限らないのだ』


「めんどうくさい先生ティーチャーだなあ」

 コムロは切迫した状況に少しイライラしながらも、説明を試みた。しかし。


「ええと、武器という概念は……」

 咄嗟のことに、言葉に詰まるコムロ少年。


 そこに、思わぬ所から、援助の手が再び差し伸べられた。


「カントム。貴方が持っている、一番硬い棒で、貴方の外側にいる、一番近くの動く物を殴りつけて! これで良いですか? 艦長さん」

 モラウの女性らしいかわいい声には、緊迫の色味があった。


「ちいっ」

 少女モラウへ向いていた意識を、戦場に戻すシュー・トミトクル。


 カントムは、背中から棒状の物体をシュゴゴッ!抜き出した

 その棒は、青く光っていた。


『一番硬き棒。すなわち、ア・プリオリ・ブレード』



――「先験的な」「超越的な」を意味する概念「ア・プリオリa priori

――その名を冠する、棒状の物体。それが、ア・プリオリ・ブレードだった。



「なるほど! 相手の認識へと、言語解釈を丸投げしてしまえばいいのか」

 コムロは、その発想は無かったと言った体で感嘆しつつ、操縦レバーを前に倒し、フットペダルを車のアクセルの如く踏んだ。


 敵軍のシュー・トミトクルも、再び戦闘態勢に入る。近づく敵にはライフルではなく、近接戦闘用の武器を。

「デカルトン! 貴様も、一番硬いものを出して、今、棒を出した他者を攻撃するのだ!」


『承知した』

 そう告げた敵軍機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンが、推進を吹かし、カントムに急接近した。


「さあ来い! フロンデイアのモビル・ティーチャー!」


 デカルトオオオオオ推進粉噴射、直進音

 カントムへの直進コースである。


「そっちから来といて!」

 そう叫ぶコムロの声と同時に、カントム右手の青きア・プリオリ・ブレードが、デカルトン目がけて振り下ろされた。



 モビル・ティーチャーを斬るためのブレード

  v.s.

 モビル・ティーチャーそれ自体



 勝敗は明らかであった。



『ぐあああ!』と叫ぶ、デカルトン。

 機動哲学先生モビル・ティーチャーも、「やられた」という概念を有しているようであった。


「くそっ、何てことだ!」

 シューは操縦レバーをに入れる。


 ア・プリオリ・ブレードによって、右腕をバッサリと切り落とされた機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンは、そのまま退却していった。


 ……。


「なんとか対応できたか……」

 そう安堵の溜息をつくコムロの耳を、通信機越しの怒声が、したたかに叩いた。


「カントムに乗っている少年! 勝手に乗り込むとは! 直ちに我が艦まで帰投せよ!」


 ◆


 またたく星を背景に、片腕を失った機動哲学先生モビル・ティーチャーデカルトンは退却行動を取っていた。


 そのコックピットで、シュー・トミトクルが苛立ちげに詰問する。

「なんで体当たりなんてしたんだ、デカルトン。剣には剣で応戦すべきところだろうに」


 しかし、デカルトンのエッジの効いた声は、冷静の色を帯びていた。


『一番硬きもの』


『すべてを疑い排除し、最後に残る硬きもの。それは、我思う故に我ありコギト・エルゴ・スム


『すなわち、我そのもの』


 ……。


 ……。


「……だからって、体当たりしなくても……剣でいいのに」


『ならば、剣という概念を、我に認識させればよい』


「わかったよ。今日も1つ勉強させてもらった。次は倒す。敵の機動哲学先生モビル・ティーチャーを」


 シュー・トミトクルは、小さくその手を握りしめた。

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