中七 小蘭、子宇、慶文、三者三様の思惑

 そんな小蘭の様子を見ながら子宇は、さらに残酷な見通しを口にする。

「もしかすると楚汀妃は同意なく、替玉の奴に無理矢理乱暴されたのかもしれん」

「う……」

「何しろ、楚汀妃が鴝鵒宮に入ったという報告は、なされていないのだからな」


 楚汀妃は、ある日突然いなくなった。

 その足取りは全くの不明で、誰もその行方を知らなかったのだ。小蘭が龍眼を使って彼女の足跡を見つける今の今まで。

「じゃあ犯人はその……帝の替玉のひと?」

「そこまでは断定出来んが、鴝鵒宮が関わっているとなると、その公算は非常に高いな」


 帝の替玉が下妃に対して、無体なしうちをする。

 その事実を覆い隠す為に、下妃を鴝鵒宮に連れていき、そこで始末する。

「……」

 そこまで考えたところで、小蘭は何か無理があるような気がした。

 帝の替玉は偽物とはいっても、かなり高い地位にいると思われる。

 自身の存在自体が国家機密だろうし。

 下妃をさらって、さらに害するなどという危険を冒すだろうか?

 そんなことをする必要性が、彼にあるのだろうか?


「鴝鵒宮の中に入ることが出来れば、多分、全てわかると思うけど……」

「内侍尚長の許可が下りない。替玉の権利は尊重すべしとのお考えだ。奴がへそを曲げても困るからな。お前の能力のことは伏せてあるから、それほど強く言えないのだ」

「失踪事件自体、重くみられていない?」

「起きてしまったことはやむなし、ということだろう。ぶっちゃけて言えば、大勢いる最下層の妃ひとりが、ただいなくなっただけだからな。彼女たちの死体が見つからない限り……な」


 小蘭は視線を床に落とす。

 下妃とは結局、その程度の価値だということなのか。

 有象無象のひとつ。

 帝の後継者はすでに定まっているのだ。

 その時点で後宮の妃嬪たちの存在意義は、かなり薄まっているとも言える。いや、単刀直入に、商品価値が下落しているとでも。

 それでも毎年、幾人かの者が後宮に入ってくるのだ。

 期待に胸を膨らませて。


「そういうわけでだ、お前には申し訳ないが。……それに今、後宮ここで何やらきなくさい動きがあるのでな」

「きなくさい?」

「今はまだ内偵を進めている段階で何とも言えん。まあ、お前がいる間に何か起こるとも思えんがな」

 その子宇の言葉に、小蘭の胸はちょっぴりと痛んだ。もう自分が後宮にいる時間は、半月を切ったのだった。

 実家には入れ替わる日にちを文で知らせてある。勿論子宇公認の上でだ。

 そうして向こうからは、了承の返事が小蘭のもとへ返ってきていた。


「まあ、ここが何事もなく、平穏であることを祈ろう」

 そう言って子宇は去った。

 小蘭はその背中を見て、それは彼の本心だと思った。

 周囲に思われているように、才能に任せた出世欲の塊ではなく、ただ自分の生母に会いたいとこいねがうひとりの青年。

 その本心を知る者はごくわずかだ。

 

「はあ~、もうちょっと柔らかく、ひとに接すればいいのに……」

「そう思うのなら小蘭、貴女が子宇様を支えてあげればよいのですよ」

「うわっ、びっくりした!」

 小蘭は唐突に背後から声をかけられ、びくん! と身体を跳ねさせた。

 振り返ると慶文が、いつものようににこにこ顔で立っていた。

 彼は子宇の秘密がばれてから、小蘭に対しては豊かな表情を見せるようになってきたような気がするのだ。


「貴女の姐には宮女として予定通り後宮に入ってもらい、小蘭は小蘭で子宇様個人の使用人として雇われるのです。そうして折をみて、内侍尚次官の権限をもって貴女を宮女に引き上げて、正式に侍女として働いていただくわけです」

「うわっ、酷いコネ採用の典型をみた!」

「何を言っているのですか。権力なんてこんなことぐらいしか役に立たないのですから、使わなきゃ損でしょう」

「……アタシの慶文像が段々と崩れていく……」

「ん? 何か言いましたか」

 小蘭はふるふると頭を横に振る。どうやら慶文という男は、主人にプラスになることならば、どんなことでも実行するタイプのようだった。


「子宇様の本来のお姿を知っている、数少ないひとなのですよ、貴女は」

「そう言われてもなあ。本来書類整理なんて、アタシの柄じゃないし」

 小蘭は机に縛り付けられることが大の苦手だった。

 あと何日だけと、日を限っているから今は我慢出来ているのだ。

「では事務処理は免除しますから」

「じゃあアタシは一体何をすればいいわけ?」

「……子宇様の話し相手とか?」


「はッ!」

 慶文の提案を小蘭は鼻で嗤った。

「一日中アイツの毒舌を浴びせられ続けて、喧嘩別れしない自信はないね!」

「それはあの方の――」

 愛情表現です、と言っても目の前の娘は納得しないだろう。慶文は、

「本当のことなのですが……」

 と、小蘭に聞こえない様に独り言をつぶやく。

「まあ、アタシも今日は休むよ」

 と、小蘭は部屋を出ていった。

 執務室には慶文ひとりが残されたが、小蘭が出ていった入り口を眺めて言った。

「貴女は子宇様の側にいるべきヒトです、小蘭。気付きませんか? 貴女がいると、子宇様の顔つきが穏やかになるのを」


 慶文は顎に手をやり考える。

(世の中には、その気がなくてもその気にさせる怪しい薬があります。それを小蘭に出すお菓子に練り込み、また子宇様にお出しするお茶に盛りましょう。おふたりとも実に強情そうですから、通常の倍ほど使いますか。そうしておふたりをひとつの部屋に閉じ込めて、二日ほどおいておけば――)


「くくく……」

 思わず慶文は黒い笑みを洩らす。

 そうして。

「はあ~。出来るわけありませんねえ……」

 慶文はため息をひとつついてから、部屋の清掃に取り掛かるのだった。

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