後一 小蘭、抜擢を拒否する
*
私はあの法を創ったことをいささかも後悔はしておりませぬ。あの法は血縁の者どうしのおぞましい『骨肉相食む』
*
相変わらず見習い宮女たちの実習は続いていたが、
そうしてふた月目の暦の半分も過ぎようかという頃に、小蘭らの組の面々は内侍尚の
子宇を前にして小蘭ら六名は、直立不動で待機していた。子宇様のお言葉を一言も聞き漏らすまいと、緊張しているのだ。……若干一名を除いて。
子宇が無表情で口を開く。
「
そこで子宇は言葉を切り、彼はじろりと小蘭を睨みつつ言った。
(え? アタシ何かした? 何もしてないよね?)
と、小蘭は憮然とした表情をする。
「
そう命じられた秀麗以下五名は狂喜した。明らかにこの措置は、抜擢といえるものだったからだ。
子宇ら内侍尚の見習い担当指導官たちは、上位成績に驕らずに汚れ仕事を堅実にこなしていった小蘭らの組を高く評価していたのだった。それでいまだ見習い実習期間であるが、一段階上の仕事をさせてみようということになったのだ。
これは当初の予定にないことであった。
「あの~」
とそのとき、妙に間延びした声が上がった。皆がそちらの方を見ると、おずおずと挙手をした小蘭がいた。
「何だ」
子宇は不機嫌そうにそれに応える。
「あの~子宇様? 指名されたことは大変光栄に思いますが、アタシ字が読めませんので、今までの仕事を続けてもよろしいでしょうか?」
子宇は目を見開いた。
その場の全員が口をぽかんと開けた。子宇の仕事部屋内の動きがぴたりと止まる。部屋の中は、一枚の絵画のように静止した。
しばらく呆けていた子宇だが、突然思い出したように背後の侍従に問いただす。
「
慶文と呼ばれた宦官は、にこやかな笑顔でその問いに答えた。
「さようで御座います。口頭の答弁で試験を受けることも可と、規定には記されております」
「それで首席をとることも可能なのか?」
「衆に抜きん出て、卓抜した成績を収めますれば」
その慶文の言葉に子宇は、小蘭を刺すような視線で鋭く睨んだ。思わず小蘭は身をすくめる。
(衆に抜きん出た? 卓抜した成績?)
居心地が悪そうに目の前で身じろぎしている小蘭を見て、子宇は頭痛がしてきた。
ひとを見かけで判断するのは愚かなことだと、わかってはいても子宇はどうしても納得がいかないのだった。思わず手でこめかみを押さえる。
そして――
「好きにしろ。さっさと出ていけ」
子宇はそう言い捨てて、小蘭から目を逸らした。
仰天したのは同じ組の同輩たちである。
子宇が命じた仕事は、幹部候補に対するものだからだ。いわば彼女たちは、後宮の中枢にいる重鎮たちのお眼鏡にかなったといえるのだ。
それを、その機会をあっさりと棒に振る真似をした少女に対して皆は――
「馬鹿ですわっ! 大馬鹿者ですわっ! ちんちくりん!」
「その謀は全くの愚策。小蘭はただちに前言を撤回すべき」
「通俗小説でもそんな愚かな選択はしないっていうのに」
「上の方々と協定を結ぶ、またとない機会なのよ……」
「春蘭~、何考えてるのよお~」
最後の梓明の言葉には、半ば泣きそうな気配が含まれていた。
同室の五名は何となく、これで小蘭と
などと、同輩が悲痛な思いを抱いていたときに小蘭といえば、
「はあ~、上手くあの
と廊下で小躍りしていたのだった。
美貌の宦官を蜥蜴とは酷い言い草だが、小蘭はあの男には近づかない方がよいと判断していたのだった。
そう、彼女の勘が告げていたのだ。
とりあえず面倒なことになりそうなお申し出は丁寧にお断りし、昼は目立たぬ仕事に従事して、あとは任務を果たせば、晴れて以前と同じように自由の身となれるだろう。
小蘭はこんなところから、さっさと離れたかったのである。
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