中八 小蘭、自らの意志で捜査を再開する

 翌日。

 内侍尚のいつもの執務室に出仕した小蘭は、そこにいた子宇に訊ねた。

「ふたりいなくなって、ひとりが遺体で見つかった事件の方はどうなったの?」

 子宇と慶文は顔を見合わせた。そして子宇は、仕方なさそうに言う。

「もうお前は、そういう心配をしなくても良いと言ったろう」

「全然進展がないんだね? そっちも」

「……」

 子宇は気まずそうな顔をして、口をつぐんだ。


 事態は小蘭の指摘した通りだった。

 あらたに発生した下妃ふたりの失踪事件は、ひとりが見つかった以上の解明は進んでいなかった。もうひとりの下妃は依然として行方不明である。

「そっちの方なら、アタシの能力で手伝えそうだから……」

「余計なことはしなくていい。いや、するな」

「は? はあっ⁉」

 小蘭は子宇の物言いに目を剥いた。

「よ、余計って、アンタ困ってるでしょ? 事件が解決しそうになくって」

「事件は解決しそうだし、私は全然、全く、これっぽっちも困ってはいない」

 小蘭は唖然とした。あの子宇が、まるでへそ曲がりの子供のような態度を取ったからだ。慶文はと見れば苦笑していた。


 小蘭は、わざとのんびりとした口調で言った。

「あ~つまりアンタの言うことを訳すと、事件は解決の目途が立ってません。それで周囲から突き上げを食らって困っています。だからどうか助けて下さい、ていうことね。よっしゃ、わかったわ。ここはアタシが助けてあげましょう!」

「何故そうなる!」

 だん! と机を叩いて、子宇は怒りの形相で立ち上がった。

 そして小蘭を睨みつけて言い放つ。

「いいか? お前はこっちのことに今後一切、金輪際、口も手も出すなっ!」

「足ならいいわけね」

「足も出すなっ!」

 再び子宇はだん! と机を叩き、怒鳴った。

 それに対して小蘭は、余裕の表情で宣言した。

「アタシはアタシの方で勝手にやるから。それが駄目だと言うなら、アタシを止めてみなさいよ。ほら、早く、早く」

 小蘭の挑発に子宇は怒りで顔を真っ赤にするが、一度口ごもったあとに、

「そこまで言うなら勝手にしろっ!」

 と吐き捨てて、肩を怒らせ足早に執務室を出ていった。

 

 しん、と静かになった執務室で、小蘭は子宇が出ていった入り口をじっと眺めていたが、慶文がため息をついてから言った。

「はあ~小蘭、子宇様は貴女のことを心配しているのですよ」

「……わかってるって」

 そう応えてから小蘭は、あらためて慶文の方に向き直り、彼に対して言った。

「じゃあまずは、事件の詳細を話してもらおうかな?」

 慶文はもう一度ため息をついた。


「小蘭、遺体が発見されたときの状態をお話ししましょうか。呉淑ゴシュク妃、ああ遺体で見つかった彼女は、両手首、両足首、そして頭部を切り落とされていました。欠損部位はいまだ見つかっていません。どうです小蘭? これでもまだ続きを聞きたいですか?」

「慶文、遺体の周りに血は飛び散っていたの?」

「……いませんでした」

「じゃあ生きながら切断されるっていう、拷問まがいのことじゃあないね。多分彼女が息を引き取ってから、切り取られたんだろうね。理由はわからないけど。慶文、アタシは狩りをするんだよ。当然獲物の解体だってするの」

「ひとと獣の死体は違いますよ?」

「同じだよ」


 忠実な従者の青年と、山野育ちの娘は向かい合った。

 青年は珍しく真顔で、対する娘は無表情である。もしかするとこの娘は、山でよく死者を目にしているのかもと、青年は思ったのだった。

 慶文は表情を変え、ため息をつきかけてやめた。彼はこれ以上、幸せを逃したくなかったのだ。

「……何が聞きたいのですか、小蘭?」

 慶文は折れ、小蘭はにこっと笑った。


「まず概略。事件が起こる前に何か予兆があったかとか。侍女から話は聞いてるんでしょ? その次に現場。いなくなった下妃の部屋を検分してから、遺体が見つかった場所に連れていって欲しい。おそらくそれで、彼女の身に何が起こったのか、大体わかると思う」

 そら恐ろしい能力だと慶文は思う。

 この娘には隠しごとが一切出来ない。無論、彼女がそう望めばだが。


「いなくなった下妃ふたりは双子の姉妹で、後宮ここに入ってきました。姐が 

呉淑妃で妹が呉涼ゴリョウ妃といいます。遺体で発見されたのは姐の方です」

 双子で後宮に入るのは珍しいのかなと、ふと小蘭は思った。


「事件の起こる前々日に、帝が呉淑妃の室を訪れたそうです。最初ふたりは色々と話をしていたそうですが、段々と険悪な雰囲気になっていったと、侍女が話してくれました。遠くに控えていたので内容まではよくわからなかったそうですが、途中『嫌』という呉淑妃の叫び声が聞こえたそうです。その後、帝は明け方に引き上げられたそうですので、ことは為されたと考えるべきでしょう」

 

(帝の寵愛を嫌がる? 下妃が? 帝はおそらく強引に為したのだろうけど、そもそも妃たちはそれが目的でここに入ってくるんだから、むしろそのことを僥倖として喜ぶべきところじゃないの?)


 小蘭は何か違和感を感じた。

 昔は許婚いいなずけがいるにも関わらずに、無理矢理後宮に連れてこられた妃もいたらしいが。そのような場合であれば、寵愛を嫌がるのも理解出来るのである。

 だが今は、基本的に希望者しか後宮に入れなくなっている。

 それもかなりの競争率で、それをくぐり抜けなければならないのだ。


「その日は一日中、呉淑妃は悲嘆に暮れていたそうです。隣室の妹の呉涼妃がずっと付きっ切りで彼女を慰めていたそうですが……そうしてあくる日の朝、姉妹ふたりとも姿を消していたそうです」


 これはふたりは自分の意志で逃げたのだ、ということは小蘭にもわかった。

かどわかされたり、騙されたりして、ふたりがいなくなったわけじゃないのね」

「その通りですよ小蘭。ですから子宇様は、この事件は自発的な逃走であると判断し、別の過去の事件の方の解明を貴女に頼んだのです」

 残念ながらそちらの事件は、鴝鵒宮に突き当たって止まってしまったが。


 小蘭は考えた。そして非常に嫌なことに思い当たる。

 先ほど感じた違和感の理由だ。

 彼女はこれを避けることは出来ないと、意を決して慶文に確認することにした。

 「もしかして彼女は、帝の替玉の奴に強引に抱かれたんじゃないの?」

 慶文は苦々しい顔つきで答えた。

 「ご明察です、小蘭」

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