中五 小蘭、子宇と久しぶりに語る
小蘭は、その声を上げた人物に向かって言った。
「さすがは秀麗、アンタの見立ては正しい。実はアタシとアイツは何でもないのよ」
「え? ええ……」
てっきり小蘭から反論されると思っていた秀麗は、肩透かしを食らった。
「秀麗の言うように、アタシみたいなちんちくりんで貧相で、頭の悪い間抜けな女は、あの方には釣り合わないわ……」
「わ、私は貴女に対して、そこまで言った記憶が御座いませんが……。確かに以前、竹簡と石板とは言いましたけど……」
しおらしい表情を見せていた小蘭の額に、びきっと青筋が立つ。
が、大事の前の小事だと、小蘭は怒りを押し殺して話を続ける。
「あの方の隣が似合うのは秀麗、貴女よ! 頭よし容姿よし家柄よしの秀麗こそが相応しいわ! 秀麗、秀麗、苞州の秀麗を皆様どうぞよろしく!」
「はっ! わ、私勘違いをしておりましたわ。噂の
「秀麗、アタシ応援するから。幸せになるんだよ?」
「うう春蘭、私貴女のことを誤解しておりましたわ。貴女は実はいいひとだったのですね? 永年の友に再開した気持ちですわ……」
そう言ってふたりはがしっと抱き合った。
その一部始終をずっと眺めていた他の四人は、しらっとした気分になった。
「秀麗、完璧に春蘭の謀に陥ってる」
「通俗小説では秀麗みたいなのを
「言いくるめを協定とは言わないんだよね」
「春蘭、黒い、黒いよ……」
そんな安易なごまかしで立ち消えになるほど、乙女の噂は脆くはないのだった。
お茶会は終わった。
取り敢えず今後は、小蘭が彼女たちに差し入れをするということで話はついた。
静かになった執務室で、小蘭はぐたっとした。精神的疲労が限界に達したのだ。
そこへ隣室から子宇が出てきた。彼は疲れ果てている小蘭を見て言った。
「お前たちはそういうふうに、がやがやと騒いでお茶を飲むのか?」
「女の子のお茶会なんてこんなもんだよ。近所のおばちゃん連中の茶飲み話は、もっと凄いけどね」
その返事に子宇は呆れた。
小蘭は机に顔を乗せて呆けている。
子宇はその横に立っていて、何か躊躇している様子だったが、口を開く。
「その、何だ、私とお前がつ、付き合っているなどという馬鹿げた噂は、かなり広まっているのか?」
小蘭はその姿勢のまま、口だけを動かす。
「そんなこと気にしたってしょうがないよ。どうせアタシはあとひと月もたたずにいなくなるんだし。そうなれば噂ってのは、自然と立ち消えるものだよ。それまでの辛抱だね」
「そうか……」
そうして執務室内に静かな空気が流れる。
子宇は黙って背を向けた。
「ねえ、鴝鵒宮の件、どうにかなったの?」
突然の小蘭の問いに、立ち去ろうとしていた子宇は、ぴたりと足を止めた。それから、わずかな間をおいてから言った。
「その件に関しては、お前はもう心配しなくてよい。こちらで処理するから」
「そう言われても……出るんだよね」
「ん? 何がだ」
小蘭は机から顔を上げて、子宇を見上げる。
お互い見合う形だが、当然小蘭は焦点を合わせていない。
「眠ると、夢に。
子宇は
食い入るように小蘭の顔を凝視する。
楚汀妃とは小蘭が追跡した結果、鴝鵒宮に消えたことがわかった妃のことだ。
「……いつからだ?」
「あの、彼女が暮らしていた部屋で、髪の毛を拾ったときから」
そういつものように淡々と話す小蘭の目の下に、隈が出来ているのに子宇は気付いた。彼女は今、安眠出来ていないのかもしれない。
「爺には禁止されてたんだよね。能力を使うの。こういう風になることを知っていたのかな?」
子宇は無言である。
「正直、故郷まで憑いてこられても困るんだ。こっちにいる間に解決しておきたいの」
彼女はごく平静に見えるが、子宇には心底参っているようにも思えた。
実は子宇はここ数日間、鴝鵒宮について、てこ入れする許可を内侍尚長に申請していたのだった。その為の怪しげな証拠を掴もうともしてみたのだが、鴝鵒宮は一種治外法権的な自立さを保っており、潜入捜査も不首尾に終わっていたのだった。
そんなわけで結局、内侍尚長の許可を得ることは出来ずに、彼は機嫌が悪いままにここ、執務室に戻らざるを得なかったのだ。そしてその直後に、お茶会を楽しんでいた秀麗らを目にするのである。
子宇は顎に手をやり、沈考する。
そして何やら決めたのか、顔を上げて小蘭に質問した。
「お前は我が国の後宮制度について、どのくらい知っているのだ?」
「後宮制度? う~ん、妃たちが上妃、中妃、下妃のみっつに分かれていることぐらいかなあ……」
「……他には?」
「それだけだよ、知ってるのは」
子宇は
仮にも帝の側にお仕えする宮女が、この程度の知識しか持っていないのは問題だと思ったのだった。奴婢たちの仕事を体験させる見習い実習もよいが、
「はあ、では簡単に教えてやる。その上で、何故鴝鵒宮に手を出しかねているかも説明してやる。何度も言うが、このことは他言無用だぞ」
「アンタの話すことは、殆どが他言無用じゃない。何を今更」
「いや、これから話す内容は、本当に椋王朝の
そう言って子宇は話し始めた。
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