前七 小蘭、能力を使い、調査を開始する
三人が何も言わずに見合っていたとき、子宇の執務室に彼の部下が飛び込んできた。
「失踪したと
その報告に子宇は立ち上がって命を下す。
「医官を立ち会わせて、その者が間違いなく当人であるか確認せよ。そして死因は何であるか、詳しく調査するように」
「は!」と言って部下は出ていった。
小蘭はおずおずと訊ねた。
「アタシたちも行くの?」
子宇は首を横に振って「いや」と否定し、小蘭に向かって言った。
「お前のその能力ならば――お前は五ヶ月前に起こった失踪事件の方を調べてもらおう」
「五ヶ月前の?」
「うむ。私には今回の失踪事件と今までの事件は、全く違うもののように思えるのだ。お前の能力ならば、未解決だった事件が解明されるかもしれん」
「……それはどっちでもいいけどね」
小蘭は、事態が何やら厄介な方向へ進み始めているのを鋭く感じ取っていた。
(正直この能力は使いたくないんだけどなあ。疲れるし)
「それで? どうやって手掛かりを探すのだ? 具体的にはどうすれば良い?」
子宇が妙に乗り気なのが引っ掛かったが、小蘭は必要なものを言った。
「いなくなった妃の身の回り品が欲しい。出来れば本人が長く身に着けていたものが最良だけど……」
そう小蘭が言うと、子宇は顔をしかめた。彼女は首を傾げる。
「実は、最も至近にいなくなった下妃は、五ヶ月前のことなのだが……その妃の部屋は、既に別の下妃が使っているのだ」
「事故物件じゃん!」
何故かそんな単語が口から出た小蘭だった。
「全くもう。じゃあ一応探してみるから、その部屋に案内してよ」
と小蘭が言うと、子宇は苦々しい表情で答えた。
「前にこの部屋に住んでいた下妃はつい先ごろ失踪してしまったのだが、彼女の遺留品を捜したいので貴女はちょっと席を外してくれないか? とでも言えば良いというのか?」
「言えばいいじゃん」
「言えるかたわけっ!」
たとえ下妃とはいえ”帝に献上された”大事な所有物である。
宦官である子宇には、おろそかな対応は出来ないのだった。ましてや彼女の気分を害するような事実を告げることなど、あってはならぬことであった。
それを丁寧に説明してくれた慶文の話を聞いたあと、小蘭は一言叫んだ。
「
「ここに限らず世の中は面倒なものなのだ。そうだろう?」
「アタシが暮らしていた故郷は、単純明快だったけどねっ!」
「だからお前はそんな性格に育ったのだな?」
「そうだけど。別に良いでしょ」
「……」「……」
子宇は皮肉ったつもりだったが、小蘭には全く効かなかった。
単純が最良だと、彼女は心から思っていたからだ。
小蘭は
小蘭と子宇はお互いがにこやかに笑いつつ、にらめっこのようになっていたが、そこへ横から慶文が助け舟を出した。
「では、こういう案はどうでしょう?」
小蘭と慶文は、足音を立てずに静かに移動した。
子宇が例の部屋の下妃を接待している間に、小蘭と慶文がその部屋に忍び込んで、前の主ゆかりの品を探す手はずであった。
とは言っても探すのは小蘭だけである。龍眼を使いながら探すのだ。
「前妃のものなんてわかるのですか?」
「
「彩?」
慶文が不思議そうに問い返すが、もはや小蘭は答えない。
持ち主の
小蘭は注意深く部屋を探っていく。能力を通して視ると、その部屋の物はほとんどが黄桃色に彩られていたのだ。
勿論実際の色は違うが、小蘭は新しい部屋の主は明るい性格の娘らしいと判別した。それはそれで結構なことなのだが、鮮やかな色合いをずっと眺める羽目になった小蘭は、段々と目が疲れてきたのだった。
(いなくなった前妃は落ち着いた性格だったとか。なら彼女の彩も落ち着いたものになるだろうな)
そう思いつつ。
小蘭は小一時間ほど部屋の中を探し回ったが、目的のものは見つからなかった。
(あー、やっぱり無理かな。五ヶ月も経ってるしねえ……)
「小蘭、そろそろ」
慶文が、もう
今はこの部屋の主のことを子宇が自室に引き留めている最中である。
が、あまりにも長く引き留めて応対していると、その妃があらぬ勘違いをしてしまってもおかしくはないのだ。
モノがないとはいえ、美貌の子宇と親しくなりたいと思っている女性は、妃嬪、女官を問わずに大勢いるのである。
加えて変な噂が立ってしまうのも問題だった。子宇の敵に叩く材料を与えてしまうのは、極力避けなければならなかったのだ。
諦めて部屋を去ろうとした小蘭に、ふと感じるものがあった。
膝を着いて寝台の下を覗き込むと、そこに濃紺の一筋の線を見つけた。彼女は這いつくばって寝台の下に潜り込み、その彩のものをつかむ。
それは長い一本の髪の毛だった。
小蘭はじっとそれを見る。すると何故か物悲しい想いが、彼女の中に湧きあがってくるのだった。
ぼんやりと佇んでいる小蘭に、退去するように慶文が催促してきた。
そうして。
ほのかに上気したこの部屋の主が戻って来たときには、既にそこには誰もいなかったのである。
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