前四 小蘭、ルームメイトと親交を深める
続いて講堂では、見習い実習の内容説明が行われた。
百二十名の新任宮女たちは六人の二十組に分けられ、見習い期間中はその者たちと一緒に暮らすこと、組ごとに指導官が付くこと、期間中は色々な仕事を経験してもらい、その働きによって適材適所を見極めて配属先を決めること、などが伝えられた。
そして最後に説明役の宦官(子宇だった)が言う。
「何か質問があれば手を上げるがいい」
構堂内は若干ざわめいたが、誰も手を上げる者はいなかった。それ以前に子宇に見つめられた宮女は、頭がぼうっとして質問どころではなかったのだ。
一通り見回して誰もいないことを確認した子宇が、頷いて解散と命じようとしたときに、おずおずと一本の手が上がるのが見えた。小蘭だった。
そうと知った子宇はあえて無視して、
「では解散」
と宣言した。
「ちょっと! ちょっと、ちょっと、ちょっとお! アタシ、質問があるんですけどっ!」
子宇はちっ、と舌打ちしてから小蘭に向かって、さも嫌々そうに言った。
「どうせお前のことだ。下らないことだろう? さっさと割りふられた部屋に引っ込むがいい」
「酷い! アタシにとっては重要! 超重要なんですけどっ!」
他の見習い宮女たちは、ぽかんとしてふたりのやりとりを見ていた。
あの、見つめられただけで身体に電流が走ってしまう程の美しき宦官である子宇”様”に対して、実に親しげに話している小蘭の態度に仰天していたのだ。
そんなことはまるで気にしていない小蘭だったが、この質問は姐に関わることなので、彼女にとっては最優先事項に位置していたのだった。
子宇はふうと息を吐いてから応える。
「ふん、仕方ない。一体何だ。言ってみろ、一応聞いてやる」
その言葉を聞いて顔をほころばせた小蘭は、はっきりと子宇に対して言った。
「休暇はいつもらえるんですかっ!」
その言葉は講堂内を本日何度目かの氷結の空間に落とし込んだ。
「結局教えてくれないなんて……何て意地悪な奴!」
割り当てられた部屋に到着するまで、小蘭はぷりぷりと怒っていた。あの質問をしたあとのことである。
子宇はしばらく無表情で立っていたが、小蘭のことをまるで桶に湧いた大量の
「そ、それは春蘭ちゃんの質問も、ちょっと良くなかったんじゃないかなあ?」
そう隣で言うのは同じ組になった
「何で? 質問しろって言ったのはアイツじゃん! だからしたのに!」
その返答に梓明は苦笑した。
そうして小蘭が戸を開けて、割り当てられた部屋に入ると――
「どういうことか説明して下さいませんこと?」
待ち受けていた
「せ、説明って言われても……」
唐突に責められた小蘭は困惑した。彼女らの言い分が全く理解出来なかったのである。
秀麗(成績次席)は小蘭が言った言葉を繰り返した。
「貴女が言うには、ここ、後宮に来たら迷子になった。困ったところに子宇様が現れて、講堂まで案内してくれた……」
「子宇”様”?」
彼女の言う子宇”様”とは一体何だろう? と小蘭は首を傾げるが、秀麗はふう~と息を吐くと、ばん! と机を叩いた。
「出来すぎですわっ!」
その大声にびくんっ! と小蘭は身体を震わせる。どうやら彼女は、小蘭が美貌の宦官である子宇と一緒に入場してきたのが、気にくわないようであった。
「皆もそうお思いで御座いましょう?」
「うん、
すぐにそう同意したのは
「は、はかりごと~?」
「通俗小説の展開に似てるかも。出会いのときにぶつからなかっただけマシだけど」
「つうぞくしょうせつう~?」
「抜け駆けは感心しないなあ。協定違反になっちゃうよ?」
「きょうていいはん~?」
「み、皆さん、春蘭ちゃんは本当に迷ったんだと思います……けど……」
他の皆に睨まれて段々と声が小さくなったが、梓明はただひとり小蘭のことをかばう姿勢を見せた。小蘭は感動した。
「女神様だ!」
部屋の全員が発言を終えて一巡りしたところで、秀麗は畳みかけるように小蘭に迫った。
「さあ本当のことをおっしゃいなさいな! 子宇様にいち早く取り入ろうとして、一計を案じたのでしょう?」
「とりいる~?」
小蘭は秀麗の言葉の意味がわからずに、”お前は一体何を言っているんだ”という表情をした。それに全く気付かない秀麗は、小蘭が言い淀んだのは自分が真実を衝いたからだと勘違いして言葉を続ける。
「大方、あの方の情の深さにつけこんで。いえ、もしかすると色仕掛けで――」
そう言い掛けた秀麗は、小蘭の頭のてっぺんから足のつま先まで眺めてから、
「……それはなさそうね。竹簡が良いとこじゃ」
と、何故かひとり納得した風の秀麗は、うんうんと頷きながらつぶやいた。
小蘭の頭の中でぴきりと音が鳴った。
(はあああ? 今日会ったばかりのアンタに、何でそんなこと言われなくちゃいけないのよっ!)
大体あの宦官が”情け深い”とは、何処の世界の話だろうかと小蘭は思った。
少なくともあの男は自分に対しては、終始虫けらを見るような目つきをしていたと思い出すのだ(小蘭主観。だが事実)。
「さあ本当のことをおっしゃいなさいな!」
ばん! と例によって机が叩かれる。
また元に戻ったな、一体何回目だろうと小蘭は眠たさで朦朧としている頭で考えた。
(今日は疲れた。さっさと寝かせてくんないかなあ……)
既に日付は変わり、現在は深夜である。小蘭はうとうととしており、ぐらぐらと頭が揺れていた。寝台ではただひとり、梓明がすやすやと寝息を立てている。
「遠目で見ましたが、ここは素晴らしい造りの宮殿が林立していますわね。私の職場として実に相応しいですわ」
「回廊が多数入り組んでる。兵を伏せて謀を行うのにもってこい。くふふ……」
「通俗小説の舞台としては申し分なしだわね。あとは魅力的な登場人物がいれば完璧なんだけど」
「宮ごとに派閥が出来ているらしいの。協定を結ぶ条件を色々と考えないとね」
「あ~、
小蘭がそう言うと四人組は、
「「「「駄目に決まってるでしょう!」」」」
と見事にハモった。
(もう勘弁して欲しい……)
うんざりした小蘭の脇で四人組は、時の経つのも忘れて雑談に花を咲かせるのだった。
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