第2章 Long distance call 第1話

 白いジャケットにマイクロミニのスカートで夜の街へ飛び出した七瀬毬子が、日頃の運動不足にもめげず必死で走ってたどり着いた場所は、交番である。風は微風。

 その風に乗って、蛍光灯に照らされた黒いけど微妙に明るい色のシャギー入りロングヘアがなびく。

 その交番の中には、彼女の息子である祐介と警官と、あとどこかで見たような美青年が1人いる、のが見えた。

「電話いただきまして……七瀬……祐介の……保護者です」

 サッシ型の交番の扉に手をかけて肩で息をしながら、毬子は自分がここへ来た理由を言った。

「入んな」

 身長はやや高め、やせていてとがった顎を持つどこか貧相な雰囲気の30代後半の警官は、毬子に顎をしゃくると椅子をひいてやったが、毬子はそれを見もしないで息を整えている。

「おい、何やって……」

 警官が声をかけたところ、毬子が体を起こして、テーブル越しに祐介をはたいた。

「!」

「何すんじゃいこのクソババア!」

「捕まるよーな真似すんなっていつも言ってんだろ!」

 ……。

 怒鳴り合う似てない親子を見て、美青年は無言でなんと思ったか。しかし、次の瞬間、

「あら、あんたオデコどしたの。手当てしたの?」

「負けたんだよ。ばけーろう」

「マキロンとバンソコくらいないのかね……」

 言いながら手を伸ばして、着ている白いジャケットのポケットに入ってたウェットティッシュで擦り剥けてる患部を拭いてやってから、

「ところで、何があったんですか?」

 毬子は警官の方を向いて言った。

「……じゃあ始めっか。ええと、八木明拓さん、三津屋百貨店日本橋店勤務、同百貨店からの帰宅途中にこのガキにケンカ売られて金とられかけた……」

 警察官の口調は、途中まではまじめな調書のようだが。

「あのお、おれ、腹減ってますけえ、ちゃっちゃかやってつかあさい」

 薄味な顔立ちの美青年がふくれっ面でこう言った。

 !

 毬子は思わず青年に目をやってから、息子と顔を見合わせた。

 祐介も、わかっているのか、頷く。

 美形の口から広島弁……。

 なじみある言葉だから。

「あ、すみません。ええっと、2006年5月28日日曜日、午後9時35分、墨田区押上1丁目……東武伊勢崎線業平橋駅前にて……」

 警察官が、先に2人から聞いてあった事件の中身を整理すると、以下のようになる。


 七瀬祐介は、幼なじみ彼女の藤井明日香の誕生パーティでカラオケボックス「ハロー」にいた。

 同じビルの1階にある同じグループのチェーン居酒屋「おてんば屋」から料理を注文したりして、宴を楽しんでいたが、出席者20人全員があり金をはたいてもその宴の支払いができないことがわかった。

 そこで彼らがとった解決策というのが、出席者全員参加のトーナメントでじゃんけんをして、負け残ってしまった者が外へ出て金を調達してくる、という物だった。

 それで負けて、街へ出たのが祐介だったのである。


 自分の息子が、殴り合いには強い(実はボクシングジムでトレーニングをしていたりするのだ)が、じゃんけんはまるで弱いというのをよく知っている毬子は、うんうんと頷きながら警察官の説明を聞いている。

「それでこいつは外へ出て最初にぶつかった人から金を脅し取ろうとしたんだったな? ええ?」

「余計な恫喝はええからさっさと説明したってください」

 八木につっこまれながら警察官が続けたところによると、最初に会ったのが八木だったわけだ。


 本日午後9時35分。

 業平橋駅の入り口から本当にすぐの場所で、出てきたばかりの八木と祐介は激突する。どうやらわざとだったようだが。

「ってぇーー」

「何処見てんだコラア!」

 祐介は定番の台詞を怒鳴る。

「そらこっちの台詞じゃ!」

「よう言うわ。慰謝料としてこんだけ寄越さんかい」

 言いながら祐介は指を3本立てる。

「3千円?」

 八木はきょとんとした顔をしたが。

「ひとケタ違うわボケ!」

「イヤじゃね。それだけとられたら家賃払えんもん」

「なんじゃと……ざけんなコラ!」

 実にまっとうな反応だが、祐介も金を調達しないと戻れないので必死なのだ。

「ワレェまだ12か3じゃろ……こなとこヨタっとらんでさっさとウチ帰りんしゃい」

「じゃかあしい! さっさと出すもん出さんかい!」

 今「じゃかあしい!」と怒鳴った子は、茶髪をポマードで後ろに撫でつけてはいるが、顔立ちはあどけない。身長は160センチ台前半か、中盤か。

 とりあえず176センチの自分より頭半分以上小さい。

 見た目より年齢少し上かも。それでコンプレックスつつかれて怒鳴ったか。

「ないっちゅーとるでしょ」

『ない』の部分のアクセントを強めて、八木は言う。

「ああ、ざけんなコラ!」

「ボキャの少ないやっちゃな……」

「じゃかあし! 出せっちゅーとんじゃろ!」

「でけんもんはでけん!」

 電車を降りてきた人が2人の横を通り過ぎていく。見て見ぬふりをしたりしながら。

 少年が、

「うらーっ!」

 と怒鳴りながら殴りかかってきた。

「あらよっと!」

 八木は左足だけを残して、避ける。

 べしゃっっ! と彼はすっ転んでしまう。

 その時。

 ピーピーピーピー!

 笛が鳴って。

「そこの2人! ちょっと署まで来てもらおうか!?」

 誰が呼んだのか。

 薄暗い照明の中、2人に、警察官が持ってくる白い明かりが見えた。

「ちっ」

 祐介は舌打ちした。

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