第11章 New inmate 第2話
「じゃあこの4人で何か1作考えてみましょう。ネーム出来たら連絡してください」
「わかりました」
「じゃあ話題を変えて」
と言ってから、
「すみません、ビール、ジョッキで!」
と崎谷は大声で厨房に言った。
「あいよっ!」
と絢子の声がする。
その時、店の扉が開いた。
「八木さんいらっしゃーい」
と隆宏が言う。
ふっと入り口に目を向けた毬子に、八木は会釈をした。
ビールが来て、崎谷は半分ほど飲む。それまで2人からは何も言葉が出ない。
「あ、あたし、崎谷さんに言わなきゃいけないことがあるんです」
「なんですか?」
と、なんでも飲み込んでくれそうな笑顔を崎谷は向けた。
毬子は俯く。で、一気に言う。
「あたし、子供いるんです。結婚はしたことないんですけど。中学3年の男の子。高校もやめて、この店の大将夫婦の子と一緒に3人で3人育てました……っ。黙っててごめんなさい。りんだか由美が言ってるかなとも思ってたんですが」
「そうか、大先輩なんですね……」
崎谷は更にビールを飲む。
岩渕は、よく友達の話をした、と、佐藤先生の結婚式の際に彼女に言ったっけ。
昔、岩渕から頻繁に、シングルマザーの友達の話を聞いたけど、それが七瀬さんのことだったのか、とパズルのピースがはまったような感覚を味わう崎谷だった。
八木はこの時、座敷にひと組だけいる毬子と崎谷の会話を漏れ聞いて。
「あれどういうことなんです?」
と小声で隆宏に聞いた。
「前にあのひと毬ちゃんにここで告白しちょったんですよ。その絡みじゃないですか?」
顔を寄せて小声で話す男2人。
「とりあえずふたりでどこかに行きませんか?」
「崎谷さんお忙しいでしょう」
「なんとかなるかと」
漫画編集部に異動して夫婦仲が悪化したひととデートか……
うーむ……
恋を始めるにはふたりで出かけることが当たり前になっている方がいいけれども。
「少し考えさせてください」
と毬子は言った。
「たまには早く帰ります」
と言って、崎谷が伝票を持って立ち去った。
まだ帰りたくないな。
「ここ、いいかな?」
毬子は、ちょうど空いていた八木の隣に座る。
「どーぞ」
八木は淡々と返す。
「毬ちゃん今日服どうしたの、珍しいの着てるね」
「店で着てたんですけど、持って帰って、カーデと合わせたら街でも着れるかなって、夏限定で」
「脚生足?」
「あ、そうだ」
と唐突に八木が言った。
「どうしたの八木さん」
「いや、毬子さんがいたなーって。
スカルってバンドあるじゃないですか」
八木は上半身を毬子に向けて話す。
「ああ、あるねえ。由美がよく仕事で行ってるよ」
「そのスカルの武道館2枚取れたんですけど、一緒に行く人が居なくて。どうですか?」
元カノの文佳と行くために取ったチケットだが、彼女と行くわけにいかないし、バンド仲間に聞いても、誰もスケジュールが合わなかった。職場ではまだ、そんな話をできるほど仲の良いひとはいない。幸いにして文佳からその件に関する問い合わせはないが。
「何日?」
「9月1日」
「行く」
即答していた。
スカルとはSkull。髑髏またはされこうべの意味である。こんな名前だけどヴィジュアル系ではなくて、フォークロック、王道な感じ。
「前にもミスチル歌ってたし、ああいうの好きなの?」
「うん」
「そういや前にライヴTシャツっぽいシャツ着てたね。スカルのも持ってるの?」
「うん。ライヴ行くと大抵パンフレットとTシャツは買う」
「いいね、楽しみにしてる」
「チケットいつ渡しますか?」
「当日でいいよ」
「当日何時待ち合わせにします?」
このやり取り。
毬子はわくわくするものを感じていた。
「4時半に業平橋駅の改札は?」
「OK。
あー良かった。やっと決まった。ひと月くらいずっと気にかかってたんですよ。あ、メアドとか交換しときますか」
連絡先を交換しながら、それ、元カノと行くつもりで取ってたんじゃないの? とツッコミたいのを、毬子は堪えていた。絢子も同様だった。
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